21世紀社会動態研究所

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21世紀社会動態研究所
時代と世界を見つめ、深い動態分析と、変革のための情報発信をめざして!

永く放送メディアで仕事をしてきた経験に立って、世界、とりわけ中国、朝鮮半島    
をはじめとした北東アジアに焦点を当てて、平和と発展のために、未来に向けた
動態分析のプラットフォームの創造をめざします。
また、そのための発言、情報発信のための、メディアの創造をめざします。

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北東アジア動態研究会
New *コロナ禍の状況下ですが、ようやく研究会を再開できました。
第52回(2020年10月10日)
「米中対立激化の世界と〈中国の時代〉の越え方」
報告:矢吹 晋氏(横浜市立大学名誉教授)
第51回(2020年1月22日)
「緊急報告・現地で見た台湾総統選挙」
台湾総統選挙から中台・中米関係と東アジアの今後を考える
報告:趙 宏偉氏(法政大学教授)
第50回(2019年11月11日開催)
「危うい超大国・中国」なのか?!
~経済から読み解く、建国70年の中国と世界の構造~
報告:丸川 知雄氏(東京大学社会科学研究所教授)
第49回(2019年6月14日)
「いま、中国とどう向き合うのか」
~「アジア文明対話」から考える中国と世界のこれから~
報告:当研究会主宰 木村知義
第48回(2019年3月11日)
「米中関係、米朝関係を軸に考える北東アジアの新秩序」
報告:朱 建榮氏(東洋学園大学教授)
第47回(2018年10月19日)
「いま、北朝鮮は何を考え、どこに向かうのか」
~現地に立って展望する朝鮮半島のこれから~
報告:菱木 一美氏(広島修道大学名誉教授、
          元共同通信論説副委員長)
     福田 恵介氏(週刊東洋経済 編集委員)
「羅先」(経済特区)再訪 報告:木村知義 当研究会主宰
第46(2018年6月18日)
「『米朝首脳会談』のむこうへ」
~経済の視角から朝鮮半島のこれからを考える~
報告:福田 恵介氏(週刊東洋経済 編集委員)




第45回(2018年4月5日)
「中国の"挑戦"の行方を展望する」
~2018年全人代の現場から中国のこれからを読む~
報告:徐 静波氏(中国経済新聞 編集・発行人、
          アジア通信社 代表取締役)
第44回(2018年1月30日)
「『一帯一路』」は世界をどう変える」
~"伙伴関係"がめざす世界秩序を読み解く~
報告:江原 規由氏(財・国際貿易投資研究所研究主幹
    中国シルクロード都市連盟研究院特別研究員)   
第43回(2017年12月18日)
「東アジア、『危機』と『脅威』にどう向き合うのか
~北東アジアの安全保障環境と日本の行くべき道~」
報告:柳沢 協二氏(元内閣官房副長官補 安全保障・
          危機管理担当、防衛庁官房長、
          NPO法人国際地政学研究所理事長)
第42回(2017年10月16日)
「我々に選択肢はあるか?!
~安倍政権と現在の政治状況の先に何を見るべきか~」
報告:倉重 篤郎氏(毎日新聞専門編集委員、
          元論説委員長、政治部長)
第41回(2017年9月15日)
「朝鮮半島危機からの"出口"はどこにあるのか」
~北朝鮮訪問と米国カーリン氏との意見交換から~
報告:菱木 一美氏(元共同通信論説副委員長、
          広島修道大学名誉教授)
第40回(2017年4月24日)
「日中国交正常化45年、日中関係と北東アジアを語る」
 ~日本国際貿易促進協会経済代表団訪中から~
報告:藤野 文晤氏(元伊藤忠商事常務取締役、中国総代表
    環日本海経済交流センター長、藤野中国研究所代表)

21世紀社会動態研究所設立にあたって
ごあいさつ                                                                                                                                              2008年7月
                                                                                             21世紀社会動態研究所  主宰 木村 知義
私は、本年(2008年)3月、日本放送協会(NHK)での仕事に区切りをつけ、職を辞することにいたしました。
38年という長い間仕事を重ねることができたのもひとえに皆様のご教示、ご指導の賜物と心から感謝申し上げます。
ふり返りますと、初任地の山口放送局をふり出しに、長崎、京都、東京、松山、ふたたび東京、大阪、仙台そして東京と、全国各地を往還しながら仕事を重ねてきました。
とりわけ京都では、桑原武夫、今西錦司、岡部伊都子、梅原猛、杉本秀太郎、竹内実、森浩一の各氏をはじめ、日本の代表的知性ともいうべき多くの方々の謦咳に接しながら仕事をする機会を得ました。
また、表千家の茶の湯や、茂山千作師の狂言の世界、染織をはじめとする伝統工芸、仏教芸術、文学、歴史など日本文化の粋ともいうべき分野の方々と深みのある仕事をさせていただく貴重な経験を積むことができました。さらに、湯川秀樹博士の逝去にあたっては、戦後日本の科学と知性のありようについて、感慨のこもる中継を担当することにもなりました。
仕事の場を東京に移してからは、総合テレビ朝の報道番組「NHKニュースワイド」のリポーターとして、世界や日本の社会の変容、変化を見つめるとともに、日本海中部地震など災害や事件、事故の現場にも立って人の「生」の営みと向き合う仕事を重ねました。 
中国の「天安門事件」直前の緊急NHKスペシャルを担当して、国交正常化の前から幾ばくかのかかわりと交流を持ってきた中国の激動を痛切な思いで見つめたこともありました。その翌年には、中国放送大学への協力業務で北京に赴き、中国のスタッフと番組制作に携わりましたが、前年の「6月4日」直前に歩いた天安門広場を、当時の情景を思い返しながら、再び歩いたものでした。 
また、昭和天皇の逝去に至る4ヶ月の間、宮内庁からの中継を担当しながら、昭和という時代、日本の社会と天皇制という問題について反芻しながら、時代が変わるということはどういうことなのかを考え続けました。
さらに、モンゴル・ウランバートルの街角で社会主義の崩壊を見つめ、阪神淡路大震災の被災地の惨状を前に立ち尽くし、ペルーの「日本大使公邸占拠事件」では最終末の現場に立ち会いながら国際政治の冷厳な現実を目の当たりにもしました。
仕事にまつわるささやかな「個人史」ですが、まさに現代史の現場で世界と日本、そして時代と向き合い、考える日々でした。
NHKでの最後の9年間はラジオセンターで、早朝の生放送「ラジオあさいちばん」のアンカーとして国内・外の動き、政治、経済、社会、文化にいたる幅広い情報を伝えながら、アジアをテーマにした特集『まるごとアジア』や、5年にわたるシリーズとなった『21世紀日本の自画像』など、特集番組の企画、制作に当たりました。これらの番組を通じて中国、韓国、極東ロシア・ウラジオストク、ラオスなど、アジア各地に取材放送のため出かけました。
26本を数えた『21世紀日本の自画像』では、世界と日本の現在(いま)に対する問題意識を深めながら、
それを伝えるメディアのあり方についても深く考えさせられることになりました。
そこでの問題意識とは、いま私たちは歴史的ともいうべき、時代の大きな転換点に立っているということ、それゆえに、すすむべき道についての確かな羅針盤を切実に必要としているというものでした。
しかし現実はといえば、政治、経済、社会のあらゆるところで問題と矛盾を抱え、混迷の淵から抜け出るための確たる道筋を見出せずに苦しむ世界と日本が目の前に広がっているのでした。
「失われた10年」がいわれ、改革の必要性が叫ばれてきたのですが、では何をどう改革していくのかといえば、多くの人々の幸せとは 逆のベクトルで事態はすすみ、それがまた人々の喪失感、閉塞感、さらには孤立感を深くするという「希望の喪失」の連鎖が起きていました。
「戦争と革命の時代」といわれた20世紀をこえて、新たな世紀こそ平和で希望に満ちた世界をという期待がふくらみました。しかし、地球上から、血にまみれた暴力と戦火は一向に消える気配がありません。
経済もまたしかり、グローバリズムが席捲する現代世界は、一方で、地球規模でひろがる貧困や格差、そして「新自由主義」「市場原理主義」によってもたらされる歪みにもがき苦しんでいます。
また「国境が点線になる」と形容される「歴史的大実験」が欧州で進む一方、アジア、とりわけ朝鮮半島、中国、そして日本をめぐる北東アジアは依然として「冷戦構造」から脱却できず、新たな歴史を切りひらくことができずにいます。
そうした状況に立ち向かうべき「知」のありように目を向けると、それぞれには優れた知的営みが存在しながら、どこか切れ切れのままで全体性を獲得できず、同時にまたそれらを結び、時代に立ち向かう力強い流れにしていく営みも十分とはいえない状況にあるといわざるをえません。
さらにメディアは、あれこれの現象についてあふれるほどの饒舌さで語りながら、私たちが本当に知りたい、知るべきだと思うことに、必ずしも的確にこたえてくれないもどかしさを拭えません。
事態の背後にある構造や、それらを突き動かすさまざまな力学や要因について、具体性をもって解き明かし、人々の「なぜ」に的確に答えて時代と鋭く切り結ぶ、ジャーナリズムとしての力が衰退してきているのではないかという危惧を抱かざるをえません。
 「今日のニュースは明日の歴史だ!」
これは「伝える」という仕事を重ねるなかで出会ったことばです。この重く厳粛なことばを噛み締めながら、
メディアに身を置く私自身のあり方と、メディアの歴史的責任を問うたものでした。
こうした問題意識に立って「21世紀日本の自画像」のシリーズ最後となった今年正月の放送の結びに 私は「時代の転換点ともいえるいま、新たな未来をひらいていくために、私たち一人ひとりが、自ら立つ覚悟を持つ必要がある」と語りかけました。加えて、大きく動く世界と日本を前に、与えられた枠組みに身の丈を合わせるのではなく、その枠組みを創り出す一人としての覚悟を持ち、歴史の歯車を動かす一人ひとりでありたいと、渾身の思いをこめてメッセージを送りました。
永く仕事を重ねたNHKを離れるに際して、多くのみなさんから、いましばらく仕事を続けてはどうかと引きとめていただいた幸せを置いて、ささやかな「試み」に踏み出してみようと考えたのは、メディアの仕事のなかでたどりついたこうした問題意識を、あるいはそこで語りかけたことをもう一歩すすめて深めてみたい、ことばだけに終わらせず形あるものにしてみることで責任を果たしたいと考えたからにほかなりません。
仕事を離れる際、本当に思いもかけず大勢のリスナーのみなさんから「NHKにあって、アナウンサーである前に、ジャーナリストとして意味のある仕事をした」と、惜しむ声や激励の便りをいただいたことは、まさに望外のそして身に余る幸せというべきことでした。  
ジャーナリストとして!ということは、私が1970年にメディアの世界に足を踏み入れて以来ずっと抱き続けかくありたいと、自身に問い続けた志であったからです。
俗な言い回しを借りれば「カネなく、地位なく、権力なく」まさに残るのは徒手空拳のわが身ひとつ、ただ志あるのみという状況で、こうした企てを志すのは無謀というべきかもしれません。私自身も退職に際して「まるでジャンボジェット機から落下傘も身につけず飛び降りるようなことかもしれない。しかし思い抑え難く、跳んでみたいと考えるようになった・・・」と挨拶しました。
その思いを胸に考えを重ねた結果、ここに「21世紀社会動態研究所」を立ち上げて、これに拠って活動を展開していこうと考えるに至りました。
ささやかな個人研究所の企てですが、取り組むテーマの柱は「中国、朝鮮半島をはじめとするアジア」そして「メディア」です。
いうまでもなくこの二つのテーマにかかわる問題は広く、大きく、現代世界にかかわるすべてといっても過言ではありません。
そうした、時代と世界を動態的にとらえ、洞察を深め、これからの行くべき道を考え、「何を、どう変えていくべきか」を社会に提起、発言していきたいと考えています。
また、多くの知的営みや言説を結びあわせる「知のプラットフォーム」を創り出していきたいとも考えます。
そのためには潜熱のごとく、息の長い覚悟と努力が不可欠だと思い定めています。
「社会動態研究所」というのはジャーナリストであった父が、四半世紀以上も昔、世を去る前の最後の仕事の「砦」とした名前にちなむものでもあります。
メディアに身を置いて38年、21世紀への「世紀ごえ」を経験しながら仕事を重ねてきて、あらためて、私たちが生きる現代世界とは何なのか、そこからどこに向かうべきなのか、そのためには、何に、どう立ち向かうべきなのか、こうした命題と向き合いながら、ジャーナリストとして、未来をひらく言説、言論空間の創造と、訴求力に富む営みを創出する挑戦に歩みをすすめたいと考えます。

めざすもの・設立の趣旨と目的
1.平和国家として歩む日本の確立と継承・発展
その原点を、アジア太平洋戦争終結から10年、1955年に、戦後世界の復興と平和で平等な国際関係を求めてアジア、アフリカ各国が開催した「バンドン会議」の精神に、さらには1978年に、日本と中国が国交正常化後の両国関係を「反覇権」の関係として定めた「日中平和友好条約」の精神におく。
2.「冷戦終結」後の東アジアにおける協力と発展のための枠組みの構築
冷戦下の日本外交は「日米安保」を基軸に展開されてきた。今日、東アジア地域における米国のプレゼンスは 相対的に低下しているが、日本の安全保障をめぐる環境は、依然として冷戦構造を引きずっている。しかしすでに 「ASEAN+3」あるいは「ASEAN+10」さらに北東アジアに「6カ国協議」が構築されており、21世紀の東アジアの枠組みとして、今後どのような多国間の枠組みを構想、構築するのかが緊急の課題となっている。
3.歴史の教訓を生かした日本の役割の明確化
先の戦争で日本がアジアにおいてどのような存在であったかは、今日、有識者の議論においてもなお意見が分かれるところであり、国民的な合意形成が喫緊の課題である。とりわけ、1985年のプラザ合意以後の、アジア各国への企業進出が、各国における経済発展に貢献した側面と、それぞれの国の経済発展の過程に起きている問題や思惑との矛盾、隔たりは、今日の地域共同体づくりにとって大きな障壁となっている。したがって、市場競争の過酷な現実を、垂直分業から水平分業への展開過程に転換することで、国を越えた相互信頼への新しい地平を切りひらかなければならない。特に、エネルギーの緊迫化、環境の悪化など、国境を越えた環境・エネルギー問題や深刻な格差問題などの解消を射程に入れた視点から、新たな共同体意識の創出が求められている。
めざす活動
1.中国、朝鮮半島をはじめとする東アジアの動態分析と研究、情報発信。
2.中国、韓国、朝鮮民主主義人民共和国など東アジア各国、各地域のジャーナリスト、研究者との協働のネットワークの構築。
3.日本社会が抱える政治、経済、社会などの諸問題についての動態分析と変革にむけての情報発信、知的連携のプラットフォームづくり。
4.歴史的責任が問われるメディア、ジャーナリズムにかかわる動態分析とメディアの創造的発展にむけての諸活動。
5.これらの活動のために、広く各界の識者、研究者に参画と協力を求め、社会的な訴求力を高める。
                     2008年7月

インタビュー&レポート
韓国の知性、新しい時代を語る 

この企画は、ご夫妻でコリア文庫を主宰されるとともに、韓国の政治、社会、文化、思想にわたる数多くの翻訳を手がけてこられた青柳純一氏のご尽力で実現したもので、韓国を代表する知識人、白楽晴氏をはじめ、現代韓国の良心ともいえる知識人の論考を紹介、掲載するものです。
冷戦構造と分断を残す北東アジアにあって、現状を見つめ、
国をこえて平和で豊かに暮らすことのできる北東アジアの未来をひらくために考え続けている私どもにとっては、願ってもないことであり、かつ、時宜にかなった非常に意義深いページを開設できることになったと喜んでいます。
1966年創刊の韓国の『創作と批評』は当代きっての韓国の知性を代表する総合誌であるとともに、時代と世界に対する鋭い問題意識に貫かれた論考は韓国の心ある人々の強い支持を集めています。
  そこで論じられるテーマと分析、論考を知り、問題意識を共有することは、これからの北東アジアを考え、構想する上できわめて貴重な示唆となると確信します。                                   2010年8月10日


白楽晴氏のプロフィール
1938年生まれ。米国ブラウン大学、ハーバード大学で学ぶ。
帰国後再渡米、ハーバード大学で文学博士(英文学:D.Hロレンスの研究)。
1966年「創作と批評」を創刊、以来編集・発行人として言論活動、独裁政権に対する文化的抵抗の拠点を構築。
一方でソウル大学教授を務める。
2005年には「6・15共同宣言実践」南側委員会常任代表。現在は名誉代表。ソウル大学名誉教授。
『韓国の知性、新しい時代を語る』開設にあたり
                    青柳 純一
韓国の代表的総合誌『創作と批評』の編集陣が執筆する「チャンビ週刊論評」に掲載された論稿を抜粋・翻訳して日本に紹介することを、白楽晴さんと白永瑞さんに承諾していただき、21世紀社会動態研究所を主宰する木村さんと相談の結果、Web上に新たなページが設けられることになった。そのタイトルを決めるにあたって『チャンビ週刊論評』も考えたが、現代日本の社会状況と翻訳者の関心によって抜粋した論稿、特に白楽晴さんを中心に取り上げるため、『韓国の知性、新しい時代を語る』とした。本欄開設にあたり、白楽晴さんをはじめとする「チャンビ(創批)」の方々に心から深い感謝の意を表したい。

ところで、その主張は日本の植民地から解放された後の歴史と分断体制下の現実から生まれたものとはいえ(だからこそ)、今後の日本に大きな影響を及ぼすと予感される。特に、白楽晴さんが提唱する「変革的中道主義」というキーワードは今日の日本では耳慣れないが、その内容を深く吟味すべき時代がすでに日本にも訪れている、と私は信じる。その時代とは、2000年6月南北共同宣言を起点にした「6・15時代」(本論を参照)であるが、残念ながら、ほとんどの日本人はこの時代がもつ意味を全く理解していないようだ。そうした現状への批判をこめて「新しい時代を語る」としたが、多くの方々からご批判を含めて、ご意見をお寄せいただければと願っている。そして、そこから日本における「変革的中道主義」の可能性を、ともに探っていきたいと思う。

 なお、朝鮮半島における南北対立の状況を「分断体制」と規定した白楽晴さんの論著は、邦訳でも1990年代以来『白楽晴評論集1・2』(同時代社、1995年)、『朝鮮半島統一論――揺らぐ分断体制』(クレイン、2001年)など多数あるが、数年前から「分断体制」論を踏まえて「変革的中道主義」を提唱している。論者紹介を含め、その詳細は拙訳書『朝鮮半島の平和と統一』(岩波書店、2008年)を参照していただきたい。また最近の邦訳稿として、『世界』2010年5月号の論文「『東アジア共同体』と朝鮮半島、そして日韓連帯」と、同8月号のインタビュー「『天安』艦事件の真相究明は、民主主義の回復と南北関係改善の決定的な環である」がある。

『韓国の知性、新しい時代を語る』ページ



上海発 中国万華鏡(中国カレイドスコープ)
上海発中国万華鏡
日系証券会社上海駐在アナリストからのレポート

アメリカの「金融危機」に端を発する世界的な経済の動揺は、まさに「恐慌」という悪夢を思い起こさせる深刻な状況を引き起こしています。
 日本経済も根底から揺さぶられ、光の見えない長いトンネルに入ってしまったように感じられます。
 こうしたなか、世界経済の回復のカギを握る存在ともいえる中国の動向に注目が集まっています。

 昨年から「中国経済崩壊論」がかまびすしく論じられましたが、崩壊したのは「崩壊論」の方だっただったという冗談さえ交わされました。
 しかし、すでに発表されたデータでも、少なくとも昨年の北京五輪当時までのような高成長は維持できず、成長の鈍化、減速は避けられないことが明らかになっています。

 ところが、さまざまに「観測」は語られても、ではその実態あるいは実体はというと、各メディアでもなかなか伝わってきません。

 そんな時、日系証券会社の上海駐在アナリストから中国経済の現状レポートが届きました。
 まさに時宜を得た、中国経済の最前線からのレポートだといえます。

 今回のレポートにとどまらず、折々に、さまざまな角度から見る中国レポートを期待して「上海発中国万華鏡」(中国カレイドスコープ)というコラムページを設けて、このレポートを掲載することにします。




上海発中国万華鏡にもう一人のウオッチャー加わる!
2009年10月

 中国の動態を、上海から、多様な視角で定点ウオッチする「上海発中国万華鏡」にもう一人の「書き手」が加わりました。
 この秋から、上海師範大学天華学院で日本語教育に携わることになった林 一氏です。
 これから随時、この『上海発中国万華鏡』に、「便り」を寄せてくださることになりました。
 日本の証券系リサーチ会社で海外調査や企業調査に携わり、その後高校の教壇、大学の国際交流担当から大学教員と、多彩な経歴を持つ林氏は、発展、成長著しい中国、それも金融、経済の中心都市・上海に赴き中国の学生たちへの日本語教育に情熱を傾けることを「もうひとつの人生」の選択とされました。
 多彩、ユニークな経歴と人生経験から見る「中国のいまの姿」のレポートは、きっと興味深いものになると思います。
林 一(はやしはじめ)氏プロフィール
1947年大阪生。大阪大学大学院修士課程修了(社会学専攻)、研究テーマ「東南アジアの華僑」修士論文は「東南アジアの都市化」。1972年日興リサーチセンターに入社、海外調査、企業調査を担当。高校教員(英語)、銀行系投資顧問会社で企業調査担当を経て、1992年大阪国際大学国際交流課長就任、1999年同大学国際コミュニケーション学部(当時、人間科学部国際コミュニケーション学科)専任講師、2005年准教授を経て2009年退職。大阪国際大学では「日本語学」の講義を担当するとともにゼミ指導、および、留学生の日本語教育を担当。本年(2009年)夏中国・上海へ、上海師範大学天華学院で日本語教育を担当。2011年5月上海での教員生活を終えて帰国へ。
肩書・役職は2008年7月当時
故人も含む
みなさまからいただいたメッセージ
元中国大使 日中関係学会 名誉会長  
中江 要介
 「歴史の教訓を生かした日本の役割」として是非取り組んで戴きたいことは、”日朝正常化の早期実現"です。
 というのは、日本の外交の原点は太平洋戦争の戦後処理から始まると考えるからです。
 ところが敗戦から60年余りの現在、日本はまだ戦後処理を全うしていません。なぜなら北朝鮮との国交正常化に真剣に取り組んでいないからです。
 日本がもし東アジアの平和と安定のために物心両面で応分の貢献をすべきだと考えるのであれば、この地域のいずれの国・国民とも正常な友好協力関係を樹立することが大前提です。ところが唯一つ北朝鮮との正常化が放置されていることは重大な落ち度です。
 私は、貴研究所が最初にこの日本外交の未完成部分の修期復補強に勇気をもって邁進されることを強く望みます。
経済評論家 内橋 克人
『21世紀社会動態研究所』のスタートに大いなる待を寄せて
「21世紀の幕開け」が迫るころ、来るべき新世紀の理想像を、あらん限りの美辞麗句で飾り立てる「夢の言説」によって、私たちの社会は満たされていました。
 現実の21世紀が、テロと戦争と飢餓、そして狂奔するマネーの世紀として始まったとき、かれら夢想家たちは素知らぬ顔で、また新たな「夢の語り部」としてのし歩いています。
 権威のつくり出す常識が現実によって裏切られる。権威は素知らぬ顔で通り過ぎる。
 この国を覆う「知的不誠実」に抗い、38年に及ぶジャーナリスト生活を、あくまで「知的誠実」にこだわり、常にコンシステントな(辻褄のあった)表現者でありつづけたジャーナリストこそ、私の最も敬愛する木村知義さんでした。
木村さんの眼には、時代の空気、流行り、権威など、たまさかの陽光に舞う浮遊塵(ふゆうじん)に過ぎなかったに違いありません。
 その木村さんが「社会動態研究所」を立ち上げました。「社会動態」とはどのような領域を意味するのでしょうか。21世紀を、それに先立つ時代、見事に読み誤った権威たちの手法とは正反対に、何よりもホリスティック(全体的整合性のある)で、ポリシー・インテレクチュアル(政治知性)の見識に満ち、世界に向けて「このまま行くと、こうなってしまうよ」と真のウォーニング(警鐘)を発することのできる勇気を備えた、新たな「知のプラットフォーム」の作り手-そのような人びとによって初めて可能な、新たな探求領域ではないでしょうか。
 いま、木村知義さんの大いなる志と勇気、透明な使命感によって立ち上がる「21世紀社会動態研究所」に、私は力いっぱいの「エールの嵐」を贈りたいものと願っています。
京都大学大学院教授 大西 広
「21世紀社会動態研究所」のイメージが大変よく分かりました。最近の日本の世論はやはり「内向き」の狭隘さが感じられます。そろそろ「国」という単位でではなく、「世界」といわないまでも「アジア」ないし「東アジア」という単位でモノを考えられる人格の形成が必要になってきたのではないかと考えています。
慶応義塾大学教授 金子 勝
 木村知義さんとは、長い間、NHKラジオの早朝番組「ビジネス展望」や正月の特別番組「日本の自画像」などでおつき合いさせてもらった。
 今でも覚えているのは、イラク戦争が始まる頃、私が「ビジネス展望」でブッシュ政権の献金と汚職体質を批判したところ、局内から偏向しているとの批判が出た(らしい)。ブッシュ政権のイラク戦争も反環境政策も住宅バブルも米国自身だけでなく世界を混乱に陥れている。
 今から思えば、当たり前のことを言ったにすぎないのだが、当時は、ブッシュ政権に追随する小泉政権が圧倒的に高い支持率だった。
 木村さんは、意見はいろいろあっていいと、私をかばってくれた(らしい)。おかげで放送を続けることができた。その時以来、木村さんは今ではめずらしいジャーナリスト精神の持ち主として尊敬している。
 木村さんがNHKを退職して、新しく研究所を立ち上げたと聞いた。その目的の一つに東アジア・レベルでの交流をあげているという。米国の住宅バブルが崩壊し、これから世界の政治と経済が大きな混乱と試練の時代がやってくる。その中で、良悪にかかわらず、隣国と向き合っていかなければならない。安直なナショナリズムに惰しやすい状況だからこそ、理性的で持続的な付き合いがますます必要になってくる。
 フリーの立場になって、木村さんの本領がますます発揮されることを期待している。
中日新聞社 出版開発局出版部部長
(前論説委員)川村 範行
 この度は21世紀社会動態研究所を設立されたとのお知らせを頂き、心から拍手と支援のエールを送らせていただきます。 日中関係研究所での切磋琢磨を通じて培った私と木村さんとのご縁と絆をもとに、いささかなりともお力になればと念じています。
 木村さんはこれまでのNHKという巨大な母体から離れて、まさに徒手空拳からスタートされたわけでその勇気と決断に敬服します。
 私も新聞社という安全圏にいて言説を発していますが、それゆえに本当の厳しさの足りなさを自覚反省しながら取り組んでいます。
 木村さんの時代意識と問題意識には共感します。冷戦の終焉により資本主義の勝利と社会主義の敗北が喧伝されたものの、米国の一極支配に伴い米国主導の市場原理主義グローバリズムが拡散しました。それが昂じて国際社会は「資本主義の暴走」(ロバート・ライシュ)に直面する事態に陥っています。このままだと資源や食糧を巡る「戦争」まで起きかねないとの指摘まで出ています。
 まず私たちの生きる東アジアを軸にして平和と安全の構築、そして国民一人一人の幸福の実現のためにはどうしたらいいかという根本的な観点から、私も引き続き言説を発表し展開していく所存です。
 木村さんの「志」に共鳴した一人として微力ながらご協力をさせていただきます。
(日中関係学会理事、日中科学技術文化センター理事、同済大学亜細亜太平洋研究センター顧問、鄭州大学亜細亜太平洋研究センター客員研究員、北京城市学院客座教授)
経済評論家 鈴田 敦之
 21世紀の日本は混迷の極にある。
 政治家はビジョンを語れず、
 経済人は目先の利に追われ、
 官僚は自信喪失で保身に明け暮れ、
 学者は自らのフィールドに籠もっている。
 国民は、困惑と不安の日々である。
 その中で、日本の将来の依って立つ方向性を示そうとの気慨に燃えた、木村知義氏が主宰する21世紀社会動態研究所、その大いなる活躍を期待してやまない。
浜松医科大学名誉教授 高田明和
 世界が激動するなかで日本はまったく世界と関係ない世界に生きているようです。
 日本が模範とした米国の資本主義、民主主義には明らかな行き詰まりが見えています。それを世界の国が気づいています。
 EUのように、社会保障も十分に維持し、しかも競争原理をも取り入れようとして国が一人当たりのGDPが日本より上であることは、彼らが新しい方向を模索した結果だと思ってます。
 日本が独裁国家、一党支配として批判している中国も、日本と異なる道を探しているのではないかと思って見ています。
 日本は安全、安心を重視し、快適に生活できるために国中が必死になってきました。そして暴動などが起こる国を成熟していないと批判してきました。しかし、あまりの安心、安全は老人にはよい社会でしょうが、若者の生きがいを失わせているようです。
 このような点にも眼をそらすことなく、ぜひよりよい日本の再建を志して活躍していただきたいと存じます。
龍谷大学教授 田中 宏
 研究所設立の「ごあいさつ」を、一字一字追っていくと、その熱い思いが生き生きと伝わって来ました。それにつけても、最近のジャーナリスト、メディアには”潜熱;”が感じられませんね。
 私は、日本における外国人の地位・処遇、別の面から見ると、日本において「国籍」とは何か、その機能はどうあるべきかを、考えてきました。200万人を超える外国人が日本に住み、働いているが、日本人といろいろな場面で区別され、それが差別を生んでいます。
 「ゆりかごから墓場まで」日本人と外国人と並走させると、さまざまな場面で異なった扱いを受けるが、そこに合理性があるかひとつひとつ検証してみたいと思っている、今日このごろです。
 こんなことも、研究所のテーマのなかに入ってくるかなと思っています。いかがでしょう。
 ”潜熱”のごとく、息の長い活動を期待します。
東京大学名誉教授 月尾 嘉男
 木村知義さんとは日本放送協会のラジオ番組で何度か対談させていただいた。大変に温厚で謙虚な紳士であったが、その木村さんが退職され個人で独立した活動をされるという連絡を拝受し、喝采している。
 昨今の官僚の天下り問題が象徴しているように、日本は集団依存社会であり、その集団の規模に比例して不可思議な権力や権威が付着し、それを個人の権力や権威と錯覚する人々が日本を衰弱させている。
 しかし、その集団依存社会と一定の距離を保持した場所に位置することは、気楽ではあるものの、権力や権威に依存する大勢の社会と、場合によっては決別・対峙するという意味で強靭な精神を要求される。
 現在の日本は世界の潮流に出遅れているものの、情報社会への進路を進行している。その社会の必須で最大の要件は多様である。それは大半の人々が画一の価値を基準とする集団に帰属する社会では確保できない。
 より多数の人々が不安・困難・孤独などを内包しながら自立して活動することが、集団依存で衰弱した日本を多様で意志のある日本へ方向転換させる妙薬であることは、様々な革命の歴史が示唆している。
 温和な外見の内側に強靭な精神を秘匿してこられた木村知義さんが、ついに本質を露出し、これまでの知的資産の蓄積を駆使し、敢然と社会に挑戦される快挙に喝采するとともに、期待をもって応援していきたい。
日本国際貿易促進協会 常勤副会長 中田 慶雄
 世界の人々は、21世紀は「貧困と戦争の20世紀」より、少しましな世紀になるかと期待しましたが、逆に、拡大を続ける貧富の格差、増大する極悪犯罪、絶えない大小テロと武力紛争の21世紀になりました。これを大きく、平和、安全、生活向上と人命の尊厳の方向へ向かわせる努力が求められています。
 しかるにテレビを先頭にメディアは、「第三の権力」と化し、偏見と思い上がりで、短絡的、表面的、扇動的で、一部には犯罪の拡大を導く役割さえ演じています。 
 ジャーナリストとして豊富な経験と知的蓄積を以って、「21世紀社会動態研究所」が、日本と東アジアひいては世界の平和、安全、人々の生命の尊厳と進歩のため、深い秀れた情報収集と思考分析によって、的確な情報と分析を発信して頂くことを切に期待しております。
(社)部落解放人権研究所名誉理事 西岡 智
 「21世紀社会動態研究所」創立を慶賀します。
 父君の豪放磊落、「無冠の帝王」の面目躍如、民衆の心をとらえた発想、名文を想い、その志の継承を念じます。 
 小生、がんを患いながら「閻魔大王」から「反骨、造反の士」に来られては困ると追い返されましたが、その間「白い巨塔」ならぬ政・官・業癒着の「病める巨塔」の現実を悟りました。
 メディア38年の体験を生かし、環境問題をはじめ食料、格差社会など問題山積、まさに羅針盤なき「日本丸」の夢、希望の一隅を照らす哲理の研究所を、そして若者にとって魅力にあふれた、「面白味」ある研究所をめざしてください。
高齢社会をよくする女性の会 代表 樋口 恵子
 21世紀社会動態研究所のスタート、こころよりお祝い申し上げます。きっと時代に向き合ったよいご活動になると存じます。
 私どものNPOもアジアの高齢化については、介護労働力問題だけでなく、何かできることはないかと考えています。
 ご発展を心からお祈りします。
東洋大学経済学研究科教授 中北 徹
 一介の近代経済学者である私と木村知義さんとの付き合いは10年に及ぶNHKラジオの早朝番組『ビジネス展望』を通してである。
学者が一冊のライフワークを書き上げるにも匹敵する、この長い歳月は、今の私の血肉と化して、身体の中の栄養素を形成しているはずだ。
毎月1回、私はコメンテータとして、約8分間、旬の経済・経済学の話題を取り上げて、思いのたけの所見を述べる機会をいただいた。公共放送を通して、リアルタイムで肉声のメッセージを全国に発信できるチャンス。まさしく、学者冥利に尽きるに恩恵に浴することができた。
しかし、それができたのは、木村さんの、溢れるバイタリティ、視野の広さ、強い精神力と持久力があってのことである。
木村さんとの8分間の掛け合いは、和音のように自ずと呼吸が合って、いつもが一瞬であった。寒稽古のあとの爽やかさを想起させる。当意即妙、つぼを押さえていて、彼をしのぐ突込みのよいジャーナリストは少ない。どんなテーマであろうとも、核心へ直撃してくる豪快さと爽やかさがある。それでいて、角張らない! 新鮮で、常識にそってパワーを呼び起こす時間帯をいつも共感できた。妙に噛み砕いた解説なんぞ一切不要だ。メリハリが利いて、全体を聞いていると番組の個性と主張が浮かび上がってきたのだと思う。 毎月一回、10年間ほど続いたことがどれほどか私の鍛錬になったか。
あるとき、信州で店のおやじから、私がビジネス展望の経済学者と分かって番組を褒めてもらった。しかし、ファンが強調したかったのは、木村アナウンサーの小気味よい、突っ込みの良さだった。木村氏あっての番組、木村さんの個性によって活かされた経済学者の約10分間のコメントだったのを後で悟ったのである。
力量、見識、バイタリティ、これほどの人物はそうざらにいない。ご本人に成り代わって、皆さんの末永い応援、力強いエールを切にお願いします。

詩人、作家 辻井 喬 
「心からの拍手を」
 時は流れ、世界は烈しく動いています。その中にあって38年、ジャーナリストとして活動を續け、たくさんの警世の言葉を送ってきた木村知義さんが「二十一世紀社会動態研究所」を立ち上げられました。
 このこと自体、大きな事件だと思います。昨今世界を覆っている雲の層は厚く、人々の悩みは深く、思想的混迷は測り知れないものがあります。人々の判断のよりどころであるべき道徳は揺らぎ、世論指導機関であるべきメディアへの逆風と、それによる動揺も看過することはできません。
 このような困難な時期に、新しい「枠組みを創り出す一人としての覚悟」を固め、「歴史の歯車を動かす一人でありたい」との願いと闘志を秘めて木村知義さんが立ち上がったのです。何度もいろいろなテーマで一緒に仕事をした際の、氏の誠実で鋭い感性を持った仕事振りを想起し、心からの激励の拍手を送りたいと思います。
歴史家 色川 大吉
 再出発に当たっての構想と決意とを拝見し、敬服いたしました。
 これからの日本はアジアに向け、すべての(経済だけではなく)姿勢を入れ替えなければ生きられない時代に入りました。
 このときに当たって、21世紀社会動態研究所(簡潔な愛称が要りますね)が、主要テーマを「アジア」と「メディア」に決めたことは全く妥当だと思います。
 このテーマなら、あなたのこれまでの経験と知恵が活用できるし、積極的な提言もなされるだろうと期待できます。あせらず悠々と計画をお進め下さい。何か機会がありましたら微力ながら協力いたします。 
方正友好交流の会 事務局長 大類 善啓  
3年前の夏である。Mさんから電話があった。昨日聞いたラジオ番組が実に良かった。中身が濃く、大変意義深い番組だった。ぜひもう一度聴きたい。できたら友人たちにも聞かせたい。なんとかダビングしてもう一度聴けないものだろうか、というのだ。
 聞いてみれば、二晩連続延べ4時間近い特別番組である。Mさんは70代後半だ。「今のテレビなど見るものはない」といって、ずっとラジオの愛好者である。調べてみれば、木村知義さんが主導的に担当されていた「21世紀の自画像~変わる世界!日中関係」という一連の特別番組である。さっそく木村さんに、事の経緯をお話したところ、すぐに快くCDにして送って下さった。
 それ以降夏になると、事前に放送日時をお知らせいただき、友人知人にも知らせた。ラジオ番組など聴かない人から、「全くもったいない立派な内容の番組を聴かせていただきありがとうございます」というメールをもらったこともある。この時代、本当に贅沢で内容豊かな2晩連続、4時間の長時間番組である。
この番組では昨年、私も携わっている「方正友好交流の会」も協力する機会があった。ハルビン市郊外の方正県には、開拓民だった婦女子たちが眠る日本人公墓がある。民族の憎しみを超え、国際主義的な友愛精神の象徴ともいうべき日本人公墓は、最終的には周恩来総理が許可し、日中国交回復前の1963年に建立されたものである。
 木村さんは、番組で方正日本人公墓を紹介したい。ついては参拝する団があるなら同行取材したいということで、6月に参拝する長野県開拓自興会の訪中団をご紹介した。番組では、鈴木健一ディレクターが参拝団に同行、第2夜で「日本人公墓は戦争の傷跡から生まれた日本と中国の絆です」という現地からのコメントで番組が結ばれた。
 放送後、ゲストスピーカーに方正公墓の資料をご送付したら、辻井喬(日中文化交流協会会長・詩人)さんから、「このような純民間の人間的な交流こそ、両国の平和で友好的な関係にとって大切なことだと思います。私も機会を作ってお詣りさせていただきたいと思います」という葉書をいただいた。
 木村さんに初めてお目にかかったのは、日本ジャーナリスト同盟の会合だと思う。それ以降、凌星光氏が主宰する日中関係研究所の毎月の研究会で顔を合わせることになった。重要な点は黙々とメモをされ、いつも発言されるとういうことはないが、発言される時はさすがアナウンサー出身だけあって、実に理路整然と、明快に本質を突く発言をされる。見習いたいと思いながら、これだけはプロには敵わないと諦めている。
 今度、木村さんはNHKを離れて新たな出発をされる。的確にメッセージを伝えるアナウンサー的な資質と、批評精神旺盛なジャーナリストの魂を合わせ持った木村さんだからこそ、出来ることは多いと思う。徒手空拳という言葉を、木村さんは使われている。厳しい局面は当然多々出てくるだろう。だが、まだNHKにいようと思えば在籍できる状況であるにも関らず、大組織を離れた木村さんである。大いなるチャレンジ精神が新たな世界を切り開くものと確信している。」

作家・神戸夙川学院大学教授  後藤 正治
 木村知義さんの新しい出発を企図した文を読んだ。
 「希望の喪失」「ジャーナリズムの衰退」「志あるのみ」・・・そんな言葉が脳裏に残った。
 喪われた何かよきものをいま一度求めようとする意志が伝わってくる。
 同世代の〝老兵仲間〟の新たなる冒険を大いに楽しみにしたく思う。
株式会社 協通事業 代表取締役 謝 心範
 二十一世紀社会動態研究所のご創設、誠におめでとうございます。心からご祝福申し上げます。
 木村さんの持つ、ジャーナリストとしての熱い情熱と責任感には、感服するほかございません。
 これまで、NHKラジオセンターで培われたご実績をフルに活用し、既成のものにはない斬新な研究所として、社会に新たな風を吹き込まれますことを期待しております。
千葉大学教授 新藤 宗幸
 木村知義さんは、研ぎ澄まされた問題意識と眼光をもって、報道の現場を歩んできた。
 NHKを離れて「21世紀社会動態研究所」を立ち上げ、アジアのなかの日本の位置と役割、それを基軸としたメディアのあり方を追求していくという。
 「趣意書」を一読して、戦後日本を支えてきた批判精神あふれるジャーナリストは、その数を減らしつつも、脈々と生き続けていると感じた。
 巨大メディアが支配する日本の報道は、とりわけ1990年代以降、プレス発表の文脈を読む力を衰退させていないだろうか。それだけに、良質なジャーナリストによる「知のプラットホーム」の創造の行く手は、決して平坦な道ではない。
 しかし、木村知義さんなら困難を乗り越えていくに違いない。
 「21世紀社会動態研究所」の成功を祈るし、ささやかであれ支援していけたならばと考えている。
作家 高田 宏
 21世紀社会動態研究所のご出発をお祝い申し上げ、ご発展を祈念致します。
 小生なんとなく四分の三世紀あまりを生きてきましたが、ひとつの実感があります。すなわち、「世の中は変わるものだ、それもクルクルと」という、漠とした感覚です。
京都大学名誉教授 竹内 実
 新しく個人研究所を設立され、ひろくアジアの動向を注視される趣き拝承しました。
 固定的な中国イメージが横行しているメディアに一石を投ぜられようとする志を窺い、うれしく、また、期待をたかぶらせております。
 イメージはイメージとして伝承されているので、これにたいする批判的分析は必要ですが、いっぽう現実に存在する「チュウゴク」という対象についても、正確な理解が求められています。
 しかし、現実の「チュウゴク」は、ときには取材困難な局面に直面することは、いまさら申し上げるまでもないことです。
 さまざまな困難をのりこえて、確乎たる先見的な分析を示されることを期待するものです。困難が多ければ多いほど、貴研究所発展の空間は広い。
 新しい中国研究の歴史的な一ページが開かれたことを慶祝するものです。
岩手県立大学学長・元国連大使 谷口 誠
 日中関係研究所で長年にわたり、共に日中問題を研究してきた
木村知義さんがNHKを退職され、「21世紀社会動態研究所」を設立されるとお聞きし、最初はいささか驚きましたが、「ごあいさつ」を一読させていただいて、その意志の固いことに深い感銘を受けました。
 われわれの研究会での木村さんの発表や発言を聞いていますと、日中関係についても、客観的事実関係の分析の上に立って感情論を排して、主張すべき点を明快に述べておられたことに印象づけられました。
 私は外務省にいた頃、報道関係を担当したことがありますが、これこそジャーナリストのあるべき姿だと思います。最近のジャーナリスト、評論家、学者の中には、時流に乗って、時の政府の有力者や世論におもねる傾向も見られますが、木村さんはこれからも自主、独立したジャーナリスト精神を貫いていっていただきたいと願っています。
 日中関係がますます重要化する時、木村さんがこれまで着実に積み重ねてこられた知識と経験が十分に活かされるよう期待しています。私も日中関係研究所の代表幹事として全面的にバックアップしていきたいと考えています。
社会福祉法人宇治明星園 常務理事 辻村 禎彰
 去る、7月28日()に「ご挨拶」と「21世紀社会動態研究所のめざすもの」を拝読させていただきました。
たいへんスケールの大きい崇高なることをお考えとめざしておられ、畏敬の念を強くしている所です。
 京都放送局におられた時から、何かを感じていたのですが、やっと少し分かってきたような気がしています。養護老人ホームの入居者が敷地内に特別養護老人ホームが欲しいという特別養護老人ホームの建設運動をとり上げて下さいました。又、松山放送局に赴任されるや、地道に地域福祉活動をしている稲葉峯雄さん(地域に根をはる、草の根に生きる、石のぬくもりの老人ホームづくりの代名詞の人)の取組をとり上げたり、いつも、民に目線を据えておられていました。その延長線上に、21世紀の社会動態研究所があると勝手に解しています。
 人類の平和のために、これからもいのちある限り、真実を我々民に知らせ、考えさせてくれるように、その役割を果たして下さいますよう祈念しています。万人の福祉のために、慈愛と献身と奉仕でもって、いのちをささげていく決意をこめて尊敬する木村知義さんにメッセージを贈ります。
生命誌研究館館長 中村 桂子
 「21世紀社会動態研究所への応援」
NHKという大きな組織から離れて個人でお仕事をなさろうという決意。考え抜いてのことでもありましょうし、でも一方では已むに已まれぬ思いで、エイヤっという面もおありだったのだろうなと思います。
 いただいた”ごあいさつ”の中に”ジャーナリストとして”という言葉が何度も出てきます。また”志”という言葉も。そこには、原点に戻り、基本から考えなければいけないのではないか、とくに今はそれが求められている時だという強い思いがこめられていると思います。
 私も、分野や立場は異なりますが、その思いは共有しており、思いきったことをなさって大丈夫かしらという少々の不安を覚えながらも、是非よいお仕事をなさって下さるようにと願っています。
 「アジア」と「メディア」というテーマは私自身の仕事と直接つながらないかもしれませんが、私が基本に置いている「自然・生命・人間」という切り口は、そこでも必要ではないかなと我田引水する次第です。御一緒に考える機会も出てくるかと思います。
 まずは御出発を祝しての応援文第一号です。
P.S. NHKでの生活38年という文字を眺めると、”生きものの歴史38億年”というフレーズが出てきます。38億年につながる
38年です。
日本子守唄協会代表  西舘 好子
 私は仕事は昨日までやったことの上に成り立つと信じています。
 ジャーナリストとしての資質を発揮されていた木村さんが、今一度情報社会の中でより、高度な人間性を追い「アジア」を見直し検証したいと言う姿勢を、生きる流儀として選んだことをとてもすばらしいことだと思います。
 正直これからの世界がどうなっていくのか、どう正しく報道されるのか、さっぱりわかりません。
 あまりに混沌としている社会情勢、情報に振り回されている日常、何が真実で何が虚像なのか、その中で深く考えたり推敲することをなくしてしまった人間、自分の良心すらなくしてしまう組織、全てを振り切って「個」に戻っての戦いは大変だろうと思いますが、どうせ一生、覚悟をきめて前進するしかない。
 大きな組織を離れての中での木村さんの今後を期待します、というのは簡単だけれども、私はかってイギリスBBCの見識の高さを国家をしのぐものと教わりました。ジャーナリストの責任の重さと高潔さを個人が持ち得てこそ、という姿勢を日本のジャーナリストに感じるのはほんの数人でしかありません。その意味でも、木村さんの本領が遺憾なく発揮されることを望んでいます。
日中科学技術文化センター理事長 凌 星光
21世紀日本の対外戦略形成を目指して
 木村知義氏が「21世紀社会動態研究所」を設立し、「平和国家として歩む日本の確立と継承・発展」「『冷戦終結』後の東アジアにおける協力と発展のための枠組みの構築」「歴史の教訓を生かした日本の役割の明確化」をめざして、研究活動をすることとなった。
 日ごろから日本の外交姿勢を憂えている氏が、定年退職後に第二の人生として一大決心をしたことに敬意を表したい。
 「戦略なき日本」とよく言われるが、民主主義国家においては、世論の統一はしにくいものである。そこで重要な働きをするのがマスメディアである。
 ところが、商業性を持つマスメディアは、社会的責任感よりも視聴率など経済的効率性を重んじやすい。それは公共放送機関であるNHKにおいてもある程度避けられない。
 それを強く感じている木村氏が、新しい研究所をつくって、21世紀日本の対外戦略構築に貢献しようとしているのである。

 成功を心から祈っている。
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