小島正憲の凝視中国

ニュース短評 : 2011年 4月下旬&読後雑感 : 2011年 第9回 


ニュース短評 : 2011年 4月下旬 
30.APR.11 
1.4/25北京のモグリ縫製工場で火事。 従業員17人死亡、24人負傷。

・4/25未明北京市大興区旧宮鎮南小街にあるモグリ(無許可経営)の縫製工場で火事が発生。階上の宿舎で寝泊まりしていた50人ほどの縫製従業員のうち、17人が逃げ遅れて焼死、24人が負傷した。

・この一帯には、500人以上を雇用する縫製工場が5社ほどあり、その周辺に10〜100人を雇用する無数のモグリ工場が密集しており、この地で働く外地人労働者総数は5000人を上回るという。

・この地は10数年前まで農村地帯であり、農民たちはそこにマンションと店舗を兼ね備えたようなビルを建てた。もちろんほとんどが違法建築であるという。そのうちその村から車で10分ほど市内方向に走ったところに、巨大な服装卸売り市場が何か所も建設され、そこへの製品を供給する大手の縫製工場がこの地で操業を開始した。その後、それらの工場からの独立者などが農民の持つマンションを安く借りて、従業員10人内外の零細縫製工場を始めた。もちろんそれらは無許可営業つまりモグリである。それが数年後、この地を一大モグリ縫製工場団地に化けさせたのである。

 

・かねてから私は、「中国の人手不足の主因は、無数のモグリ工場に人手が吸収されているからである」と主張し続けてきたが、今回の事件はそれをまさに実証したものである。この地では、正規に営業許可を取って操業している会社と、無許可営業の会社が混在しており、そこに勤める従業員数は正規会社に半数、モグリ会社に半数であった。

・当然のことながら、モグリ会社に勤める従業員数は統計上どこにも現れないため、その人数は失業者にカウントされる。行政関係者や学者はその数字を見て、「中国は失業者問題を最優先で解決しなければならない」とのたまう。またそれに日本のチャイナウォッチャーたちが追随して、誤報をばらまく。

・私のモグリ仮説の正しさは、中国の首都北京で起きたこの事件で証明された。そこで、この私の「モグリ仮説」を全国に拡大して考えると次のようになる。中国の就労可能労働者を正規会社の従業員数のみで計算すると、巷に失業者があふれていることになる。しかし正規会社とほぼ同数の雇用能力のあるモグリ会社が、現実に労働者を雇用吸収しているため、人手不足という現象が現れてきていたのである。

・ところが最近、中国では人手不足が解消されたかのような現象が起き始めている。労働集約型外資工場が大挙して、中国から撤退し始めたからである。それにつれて欧米のオーダーは雪崩をうって中国外へ逃げ出している。中国の正規会社はオーダー確保のため、従来モグリ工場が扱ってきたあまり儲からない仕事にまで触手を伸ばし始めている。その結果、もともと基盤が弱いモグリ工場はどんどん閉鎖に追い込まれてきている。そしてそこから追い出された労働者が、再び正規工場の門を叩くということになってきている。以上がこの間の現象の本質ではないだろうかと私は考えている。これは私の「新仮説」である。もしこの「新仮説」が当たるとすると、これから中国には本格的な失業時代がやってくるということになる。これは不気味な予兆である。ただしこの予兆は貿易など各種の統計数字にはまだ現れていない。

・以上の情報や考察は、今回私が、北京の火災現場のモグリ工場の女性従業員や、それらの工場に出入りしているミシン販売業者などから、詳しく事情を聴取した結果である。残念ながら工場正面からの写真は警察に制止されて撮ることができなかった。ここに掲載してある写真は工場の裏側である。近所の人の話によると、最上階から何人もの従業員が飛び降りて死んだという。なお、この一帯は、現在、政府機関によって工場が全部、操業を中止させられており、大勢の労働者たちが途方にくれて街頭にたむろしているため、一見すると周辺は暴動現場のようである。なお、モグリ工場で働いている労働者の賃金は、約3000〜5000元で一般の縫製工場の1.5倍。ただし保険などの福利厚生はまったくなし。

2.早くも天安門前の「孔子像」撤去。

北京の天安門広場横の国家博物館北側に建てられたばかりの孔子像が、早くも撤去され、博物館の中庭に片付けられてしまった。当初からこの孔子像には反対が多かったが、それらに寄り切られた模様。
※2/28の拙論「上海の毛沢東vs北京の孔子」参照。

                     
             孔子像があった場所                      中庭の孔子像

天安門広場に孔子像が建てられてから、ネット上では、撤去要求の声が飛び交っていた。その多くは、「封建主義の象徴の孔子を、5・4運動で封建主義を打倒した歴史的な場所である天安門広場に建てるべきではない」、「孔子像は革命精神を否定するものであり、毛沢東思想に反するものである。それを天安門広場前に並べてはならない」というものであった。なかには「孔子像は建築物であるが、北京市の建築許可を取っておらず違法建築であり、ただちに撤去すべきである」との声もあった。

中国政府は孔子像を持ち出し、儒教精神の復活で和諧社会を目指したが、保守派の巻き返しで、あえなく頓挫した。拝金思想の氾濫で大金持ちと人民大衆の格差がますます拡大している現状で、これから中国政府は、どのような新思想を創出し、社会の団結や安定を目指すのであろうか。

3.金持ち中国人の高飛び。

4月中旬、マスコミは、中国で今年、1000万元(約1億3千万円)以上の純資産を保有する金持ち中国人が59万人に達する見通しと報じた。またその人数は2008年度の約2倍に成り、世界的な金融危機の中、中国だけが急成長をしていることを裏付けるものであり、金持ち中国人の総資産は、年末までに18兆元になるだろうとの予測を報じている。

たしかに中国では成金が増えている。この報道では、金持ち激増の推論根拠を示していないが、巷ではビジネスに関わる中国人だけでなく、行政末端組織の役人や農民上がりの土地成金などが、豪邸に住み外車を乗り回しているのが実情だから、上記の報道はかなり控え目な数字だとも言える。

4月下旬、マスコミは、中国の1億元(約13億円)以上の純資産を保有する金持ち中国人の27%がすでに海外への移住手続きを完了済みであり、検討中の金持ちも含めるとその数は47%に及ぶと報じた。また1000万元以上の金持ちまで範囲を広げると、その数は60%に達するという。つまりほとんどの中国人の金持ちは海外へ移住完了済みか、高飛びを画策中であると考えられる。またすでに彼らが持ち出した金は膨大な額に上っているし、今後も天文学的な金額が持ち出されるだろう。しかもこれは巧妙な手段で行われるので、実態は統計数字にはなかなか表れてこないだろう。

たしかに昨今、中国の政財界人の海外移住は異様な多さになっている。1000万元以下の人民大衆でも、海外に子弟を留学させ、移住の準備を整えている中国人は相当の人数に上る。中国人の中では親族を含めれば、もはや海外に手づるを持たない人を探すことの方が難しいほどである。移住先はカナダやオーストラリヤ、米国などが多い。中でもカナダは投資移民を受け入れており、成金中国人を利用してちゃっかり国庫を太らせている。

このように中国人自身が国家を捨てて、海外に高飛びしているのである。この現状を見れば、中国が「超大国」ではないことが明白である。

4.野菜価格暴落。

4月に入って、山東省を始めとする中国各地で、野菜の価格が暴落している。山東省青州市の農村では、4/11〜17の間で、農民の売値が16.2%下落した。ことに白菜の値段の下落が激しく、500g=0.7元だったものが、0.07元と1/10となってしまった。青州市で白菜を栽培している農民たちは、1ムーのコストが4500元かかるのに、売値が2100元にしかならず、差し引き2400元の損になるため、売るのをあきらめ肥料や豚の餌にしているという。また済南市の農民の1人はこの安値を悲観して自殺した。

   

なお上海の市場の野菜は、同期間に総じて30%安くなっている。私がカルフールの店頭で聞き込んだところ、キューリは3.5から2.5元へ、大根は2から1.5元へ、白菜は1.5から1元へ、セロリは3から2元(各500gの価格)へ下がっていた。ジャガイモ、タマネギ、ニンジンなどの値段はあまり変動がなかった。

政府はこの野菜価格の下落現象について、季節的なものであり、豊作の結果でもあると説明している。しかし経済学者の中には、今まで投機筋が野菜価格を引き上げていたので、政府がインフレ対策を始めたのを潮時にいっせいに撤退したからであると発言している。

また農作物の販売ルートは非常に複雑であり、農民の手元を離れてから店頭に出るまでに、価格は約10倍になるため、この構造を改革することが肝心であると主張している。中国ではつい先日、日本の原発の放射能汚染の結果、食塩の販売会社と投機筋が大儲けしたばかりである。




読後雑感 : 2011年 第9回 
28.APR.11
 3月11日、日本は「想定外」の東日本大震災に見舞われた。

 当然のことながら、3月末から4月初旬にかけて刊行された書籍はすべて、「3.11」以前に脱稿している
ので、この「想定外の事態」を想定して書かれたものではない。したがって以下に紹介する書籍のほとんど
が、かなり的外れのものとなってしまっている。やむを得ないこととは言え、「想定外の事態」まで想定して書
き込むような力量を持つ識者が、日本に登場することを望むものである。


1.「岐路に立つ中国」
2.「中国は、いま」
3.「中国の“日本買収”計画」
4.「中国 次のテーマは食糧不足」 


1.「岐路に立つ中国」  津上俊哉著  日本経済新聞社  2月25日
副題 : 「超大国を待つ7つの壁」  帯の言葉 : 「巨竜の未来は苦難に満ちていた」

津上氏は2003年、「中国台頭」と題する書を刊行し、見事に同年の「サントリー学芸賞」を受賞した。その津上氏
が本書では、「前著から8年が経つ間に、中国は面目を一新するような発展を遂げ、2010年にはとうとうGDPで日
本を抜き、世界第2位の経済大国に躍り出た。“中国台頭”はいま異論を差しはさむ余地のない現実となった」と胸
を張り、中国が引き続き発展をし続けるために克服しなければならない課題として、「7つの壁」をあげている。そし
てその難しさの故に、「中国が向こう10年、20年の間に米国をしのいで、文字どおりの“チャイナ・アズ・ナンバーワ
ン”になる可能性は低いということだ」と書き、「“7つの課題”解決の巧拙にもよるが、高齢化をくぐり抜ける21世紀
後半、中国にも“2回戦”が来るかもしれない」と述べている。津上氏が単純に、「中国は世界第2位の経済大国に
躍り出た」と認識し、論を進めていることには、私は異論がある。

しかし“7つの壁”という設定は、他の識者には見られないものであり、検討には値する。以下、その壁を個別に見て
みる。なお津上氏は、「中国は世界金融危機後の2年間、世界一の回復ぶりを示せたことに安堵と自身を強め、世
界が中国ほどに回復していない現状を国益伸張、影響力増大の好機だと考えている」と書いているが、中国の景
気急回復は「やけくそバラマキ4兆元」の結果であって、すでに現時点で多くの矛盾が噴出し始めている。また中国
政府首脳は、北京五輪や上海万博などの虚勢やバラマキ政策で、中国人民自身を自己陶酔させることによって、
政権の延命を図っているだけである。それは国益伸張などというものとはほど遠いものである。

・第1の壁 : 「人民元問題の出口は見つかるか」

この章で津上氏は、「中国のもっとも大きな成長ドライブ要因」は、「金利を低めに置くなど拡張的な金融政策と通貨
安政策の組み合わせ」であると主張し、その詳細な分析を行っている。しかしこの主張は、中国が自力更生ではな
くて、他力依存つまり外資に全面的に依存して成長してきた国であり、現在でも外資が撤退すれば即座に潰れる国
であることを、全く認識していない。中国の金融政策や通貨安政策は外資の誘因の一つであり、それを最大の「成
長ドライブ要因」と見ることはできない。私は中国の外資誘因の最大のものは、豊富な労働力とその安さであったと
考えている。

さらに津上氏は「中国がすでに日本に次ぐ世界第2位の対外純資産大国になっている」と書いているが、その原資
の大半が外資のものであり、それを政府が勝手に使っているだけであり、しかもそれを外資が引き上げる際に返済
してくれと迫られた場合、この対外純資産を2束3文で売り払い現金化しなければならない性格のものである。この
点については、さすがに最近中国内でも、海外投資政策を危険視する論議がなされるようになってきている。

津上氏も「中国はいつ頃、資本取引の制限を撤廃できるか(自由兌換)という問題である。これが“人民元の国際
化”最大の難関」であると指摘している。これは正しい。しかし中国政府がもし人民元の自由兌換政策を施行した
ら、外資の多くは即座に外貨を持ち帰るだろう。私も必ずそうする。その結果、中国は瞬く間に外貨準備高が底を
つき、国家デフォルトに陥る。したがって人民元の自由兌換は、中国が自力更正の国になったときにしか施行でき
ない。現在中国では内需拡大の声がかまびすしいが、「中国は世界の市場」という呼び声につられて、外資が雪崩
を打って中国に進出している。内需も外資の絶好のえさ場になっている。これでは中国は自力更生の国とはなり得
ない。

・第2の壁 : 「都市と農村“二元社会”を解消できるか」

これは大方の中国研究者やチャイナ・ウォッチャーが行う指摘であるが、私は都市と農村の格差は意外に小さいと
考えている。それは農村の特典や出稼ぎ農民工などの収入、インフォーマル金融の農村への浸透などを、農村の
収入に加算していないからである。

津上氏は「中国では住宅価格の暴騰が深刻な社会問題になっているが、高騰の大きな原因は土地供給が不足し
ていることにある」と書いているが、この主張は倒錯している。政府が住宅用土地供給を増やせば、マンションが乱
立して即座に住宅バブルが崩壊する。そうすれば土地売却収入に多くを依存している地方政府財政は即座に破綻
する。したがって地方政府は住宅用土地供給を小出しにして、住宅バブルの延命を図っているのである。住宅用土
地は無いのではなくて、住宅バブル崩壊によって収入が激減する政府によって、住宅用地の供給が引き締められ
ているだけである。

中国全土で工業用地は、「中国は世界の工場」の宴の後として、すでに買い手がなくなり、あり余っている。中国政
府がこれを買い戻し、住宅用地として供給すれば、住宅用地不足など即座に解決できる。もっとも全国に鬼城が乱
立している現状では、すでに建設済みの中国全土のマンションの部屋数の総計は、13億の中国人の居住必要数
を上回っている可能性がある。ついでに言っておくと、津上氏は「“土地バブルが急激に崩壊する”可能性は、外国
人が考えるほど高くはないのである」と書いているが、これは同氏の誤認である。土地はもともとバブル化していな
いからである。

津上氏は「最近沿海都市部の工場は人手集めに苦労している。…原因は農民工の出身地である内陸でも近郊都
市の就職口が増えてきたことと、出稼ぎ先だった沿海都市部の住宅暴騰だ」と書いているが、これは二重三重に間
違っている。まず沿海部の人手不足は2003年ごろから発生しており、「最近」ではない。しかもほとんどの沿海部
工場は寮や社宅を完備しており、「住宅暴騰が人手不足の主因」とは考えられない。また人手不足は住宅暴騰続
行中であるにもかかわらず、今年に入ってなぜか緩和する方向に動いている。私は人手不足の主因は、「モグリ工
場」の盛衰にあると見ている。津上氏はこの点については想定外のようである。

・第3の壁 : 「“国退民進”から“国進民退”への逆行を止められるか」

津上氏のこの主張は誤りではないが、この分析の中に外資の動向がまったく入っていないことに驚きを感じる。ま
た「隠れた国家債務」として「年金原資の積み立て不足を解消できるか」と問いを発しているが、中国の現行の年金
システムはきわめて杜撰なもので、私は十年を待たずして、運営そのものに問題が噴出すると見ている。もっとも日
本のように労使折半ではなくて、会社負担が重く、個人負担が少ないため、多くの若者は数十年後の年金をあまり
当てにしていない。むしろ会社の年金負担分まで、現在の給与に上乗せして払ってくれるような賃金の高い「モグリ
企業」に勤務したがる傾向がある。

・第4の壁 : 「政治体制改革は進められるか」

津上氏は「最大の問題は、中国人は中国で民主政治が実現できる自信がまだないことにある」と書き、先進資本主
義国の民主政治を理想化し、民主政治自体に大きな欠陥があるという認識を持ってはいない。私は中国に、むしろ
民主政治の欠陥を克服するような体制に進んでもらいたいと考えている。またケ小平までの中国は、共産党内の少
数の実力者による独裁国家であったが、その後は共産党内の集団無責任指導体制に変わり、その共産党の独裁
体制のほころびを繕い維持し、人民の離反を防ぐためのバラマキ政策に変わったと考えている。これは中国政府
の現在の政策ブレーンが「米国からの海亀派」で構成されていることから考えれば、当然の帰結かもしれない。

・第5の壁 : 「歴史トラウマと漢奸タブーを克服できるか」

津上氏は「歴史トラウマのせいで、国家利益に関わる問題で弱腰な姿勢・発言をすれば“漢奸”(売国奴)として糾弾
されるという不安感(漢奸タブー)が中国人に根強く残っている」と書き、それを克服するのが大きな課題であった
が、「いまや台頭した中国は、日本に代わって自分たちが光り輝く存在として世界から見られていることを知り、同
時に日本が“失われた10年”どころか20年経っても低迷し続け、ますます元気を失っている様を見ている。日本は
特別に羨ましい国でも、従来ほど歴史の恩讐を感じさせる国でもなくなりつつある」と述べ、歴史トラウマが氷解しつ
つあると論じている。この点については私も同感である。しかも東日本大震災が起こり、日本の地位は決定的に下
落したため、中国人のこの心理状態は優越感に変わりつつある。

しかし数年後には中国も住宅バブル崩壊に見舞われることは必定であるし、ドミノ倒しのように自然災害が襲いか
かってくる可能性がある。原発もテロの対象になり、日本以上の惨状を呈することもあり得る。それらは想定内の事
態である。そしてそのとき再び、歴史トラウマが噴出する。

・第6の壁 : 「“未富先老”(豊かになる前に老い始める)問題を解決できるか」

津上氏は中国社会科学院人口労働問題研究所の蔡ム所長の言葉を借りて、中国はケ小平の掲げた一人っ子政
策を続けた結果、「先進国はこの過程がゆっくりと進む間に資本の蓄積も進み、産業構造も労働集約型から資本
集約型へと転換していったが、中国の場合、競争優位は依然として労働集約型産業にあるのに、資本蓄積型への
移行が十分進まないうちに高齢化を迎えてしまうことになる。中国の“未富先老”は、どの国も経験したことのない挑
戦になる」と書いている。その上で津上氏は日中韓3国が共通して直面する高齢化問題に関して、「いまや近代史
には未知の、人口成熟化社会という気圏に向かって飛行し続けている」と書き、「高齢化社会に入った日本の経験
やノウハウは、今後中国で出番があるかもしれないということである。日本の年金制度失敗の経験は反面教師にし
かならないが、高齢者向けサービスのノウハウはきっと出番があるだろう。ことによったら、富裕中国高齢者には日
本でサービスを受けてもらう時代がくるかもしれない」と予測している。

東日本大震災の結果、現時点では富裕中国層が大挙して日本に来るという想定自体がジョークになってしまった
が、私は、日本はこれを転機にして、高齢化社会脱出のモデルを創出すべきであると考えている。年金制度も賦課
方式を変更し、同世代扶助方式に切り替えるべきである。

津上氏は「中国がGDPで米国を抜き、“チャイナ・アズ・ナンバーワン”になる可能性は、向こう10年、20年といった
近未来にはなさそうだ。楽観的に言っても、この勝負は中国が高齢化の衝撃を抜ける21世紀後半に持ち越される
だろう」と書いているが、つまり津上氏の論は、中国の大勢の老人が時の経過とともに自然に死んでいけば、高齢
化社会問題は解決するという極めて消極的なものである。日本は、世界に先駆けて高齢化社会を積極的に克服
し、中韓のモデルとなるべきである。

・第7の壁 : 「世界に受け容れられる理念を語れるか」

この本で津上氏はまったく触れていないが、現在、中国政府は世界中に「孔子学院」を進出させることによって、儒
教を中国の理念として世界に広めようとしている。これに対して津上氏は、「“東洋独自の思想や理念を世界に向か
って十分に語ることができない”。これは、東アジア全体が直面する問題である」と論じている。私は中国政府が推
進している「孔子学院」政策では高齢化社会を突破することはできないと考えている。しかし津上氏の論にも与する
ことはできない。なぜなら日本が新たな思想を確立し、高齢化社会を克服し、世界をリードする時代が到来したと考
えているからである。

最後に津上氏は、「日本は今後中国とどう付き合うべきか」・「日・米・中の三角形のあり方」と題して、日本の今後
のあり方を論じている。残念ながら、この主張は東日本大震災を想定していない。震災後、日本の現状はさらに深
刻となり、高齢者が死に絶えるのを座して待つだけでは、もはや解決できないところに追い込まれた。津上氏の主
張には積極的打開策が見られないが、ひとまずこの章の最後の部分を、長文になるが以下に書き写しておく。


今の中国が「岐路に立つ」国だとすれば、日本は「崖っぷちに立たされた」国だ。1980年代、戦前に育った日本人
たちが苦労して多くの遺産を遺してくれたのに、戦後育ちの我々3代目はそれを使い果たすどころか、後代に莫大
な借財まで押しつけようとしている。何年か前、「食い逃げ世代」に属する人士から、「美しく優雅に衰退する日本、
でもよいのではないか」というノーテンキな意見が聞かされたときは、本当にため息が出た。何が優雅な衰退だ、落
ちぶれた国の利益は無視されるのが国際政治であり、国勢が傾いた国にろくな未来は待っていないことがなぜ分
からないのだろう。

唯一の皮肉な救いは、我々世代の高齢化が日本経済にもたらす桎梏は、時間が解決してくれることだ。戦後育ち
の世代が「早く消えてくれることだけを望まれる世代」に終わるとしたら、いたたまれないほど恥ずかしくて申し訳な
い限りだが、日本は今世紀半ばには「高齢化の桎梏」をくぐり抜けて再出発できる日が来ると思う。

しかしその再出発には条件がある。我々世代が後世に遺す負の遺産は経済問題に留めて、戦争、国の分裂、他
国からの搾取まで受けるような政治的混乱を日本に引き起こす愚だけは避けなければならないということだ。


この文章で津上氏は、団塊の世代の老人が死に絶えれば、日本は再出発できると当たり前のことを言っているだ
けである。いわば無為無策の消極論を展開しているだけであり、とてもそれは思想とは呼べない。まして経済問題
を未解決のまま死んでいくことを是としている。これでは「食い逃げ世代」に属する人士と、五十歩百歩である。
我々、団塊の世代は、高齢化社会を克服する積極論を思想として展開し、それを実践しなければならないと、私は
考えている。その一つが「老人決死隊」である。津上氏にも、ぜひ、「老人決死隊」に加わってもらいたいものであ
る。

なお、この「日本人の今後のあり方」論に対する私のコメントは、次稿「なにをなすべきか」で、展開する予定であ
る。

2.「中国は、いま」  国分良成編著  岩波新書  3月18日

この本の編者である国分氏もまた、「今後、中国は膨張する国内矛盾を外に転嫁することなく、国際社会における
大国に相応しい行動をとるであろうか」と、中国を大国として認識し、その後の論を展開している。これはこの本に
登場する識者のほぼ全員の共通認識でもある。私は中国が大国ではなく、砂上の楼閣であると認識しているので、
この本の識者たちとは、前提条件も分析角度もまったく違う。ただしこの本には学ぶべき点も多いので、百歩譲っ
て、中国が大国であると仮定し、以下に寸評を試みる。

・第1章(清水美和)と第2章(唐亮)では、現代中国の政治状況が分析されている。まず清水氏は中国の現状を、
「2009年以来、中国の対外強硬姿勢が露わになった背景には、08年9月のリーマン・ショックから始まった金融
危機をいち早く克服し、世界経済の牽引役として各国に仰ぎ見られる大国に成長したことがある」と分析し、ケ小平
は「決して親分になろうと思うな」と「中国が大国意識」を持つことを強く戒めたのに、胡錦濤は「中国の大国化に伴
い台頭する対外強硬路線に抗しきれなくなった」のだと書いている。また「石油産業の利益集団は外交への影響力
が比較的突出しており、海外に会社として投資するが、投資の後は(海外権益の)保護を外交部に要求する。…中
国国内の“利益集団”の台頭と、その内外政策への影響を解明することこそ、対外強硬路線の根源を理解する上
でカギになる」、「軍が代表する対外強硬論は、国防費を毎年増強し待遇改善や装備の充実を指導部に迫る口実
の側面が強い。軍に威令を誇る指導者や文民統制の徹底を欠き、強力な“利益集団”と化した軍が、ナショナリズ
ムを高めた民衆の支持を得ていることが中国の対外強硬論を助長している」と論を展開している。最近のリビアか
らの中国人撤退作戦などを見ていると、この意見は納得できる。

さらに清水氏は、「“平等な貧困”を強制されてきた人々が豊かさを目指すことを許された改革開放初期の開放感
は、既に中国の社会にはない。党権力とつながりがある既得権益層の豪勢な暮らしは、多くの中国人にとって手の
届かないものになった。鋭く“断裂”を深める中国社会を束ねるためには、共産党は一層、“中華振興”を掲げて愛
国心に訴え、中国人共通の悲願である“世界の大国”となる夢をふりまくほかなくなっている」と書いている。

・唐氏は、「革命戦争に勝利し、新中国が成立してから、中央から、地方、基層に至るまで、革命世代の指導者、幹
部は要職を占め、政治、経済、社会の運営に当たった。その大多数は平和建設の知識、経験と能力に欠けてい
た」と嘆き、「非欧米社会にとっては、後発の優位性があり、近代化のプロセスを短縮させることが可能であるが、
近代化の超優等生である日本ですら欧米に追いつくまでは約100年かかった」と記述している。日本の明治維新
以降の「民主化」の帰着点が軍部の帝国主義侵略戦争であったことを考えると、「民主化」を最高のモデルと評価
するわけにはいかないが、その日本の「民主化」の具現策であったといわれる満州国の政治組織ですらも、中国建
国直後に毛沢東が「高崗事件」として葬り去ってしまったことを、唐氏は知る由もないだろう。

・第3章では浅野亮氏が、中国人民解放軍について、「2025〜30年ごろには、海軍も含めて東アジアで強大な軍
隊に成長するのではないかと予測する軍事専門家は少なくない」と分析している。私には軍事知識が少なく、この章
についてコメントする力はないので、近日中に軍事専門家からの意見を聴取し、私見を述べる予定である。

・この章の補論では、五百旗頭真氏が「中国への提言」を「中国よ、戦前日本の道を歩む勿れ」と率直に語ってい
る。本稿は実際に中国の新華通信社の質問に回答したものの再録であり、それを新華社は正確に中国語に訳して
配信したという。

・第4章で小島華津子氏は、「胡錦濤政権の“親民路線”は総じて、農民や労働者の支持を得ている。しかし民主化
なき“親民路線”で、農民や労働者に対する搾取の構造を変えることは容易ではない」と書き、その証拠として「弱
者の不満は、声なき声として巷にとどまり、ときに暴発する。集団抗争事件の発生件数は2003年には6万件、…2
006年には9万件以上に達した」と臆面もなく暴論を展開している。少なくとも暴動を根拠にして論を展開するのなら
ば、拙論を参考にし、その現実を直視していただきたいものである。

・第5章で星野昌裕氏は、「我々がいま目にしている中国の民族問題とは、まさに少数派として民族の階層が固定
化され、少数民族として中国社会に埋没することに危機意識を持つ人々が政治社会に向けて発した救済の叫びと
みることができるのである」と書いているが、星野氏のこの論考の中には、少数民族としての朝鮮族についての言
及が全くなく、その点で分析不足と言わざるを得ない。一般的に延辺朝鮮族自治州に住む朝鮮族は漢族よりも経
済的に裕福であり、「中国に埋没することに危機意識を持つ人々」は少ないからである。またチベット・ウイグル族の
騒乱についての記述も誤認が多い。

・この章の補論で、エズラ・ヴォーゲル氏は、「中国もそう遠くない将来、多くの新たな問題を生み出すような成長鈍
化に直面するだろう」と、中国の近未来を予測している。「中国超大国論」に拘泥するこの本の著者たちの間では、
エズラ・ヴォーゲル氏は異色の存在である。

・第6章の高橋伸夫氏の仮説はおもしろい。高橋氏は、「中国の行動は周辺国および世界をしばしば困惑させてい
る。時に老獪な交渉術を見せるが時に周囲に当たり散らし、また時に傍若無人に振る舞うが時に自らに対する周
囲の評判を神経質なまでに気にかける−このような外部から見れば理解しにくい行動をなぜ中国は取るのだろう
か」と問いを発し、「精神医学のひとつの仮説によれば、フラストレーション(欲求不満)は攻撃を引き起こしやすく、
自尊心の回復を目的とした攻撃はフラストレーションのカタルシス(浄化)に導く。あるいはフラストレーションは暴れ
たり、脅かしつけたりといった幼児的退行を生じさせる。…そのような仮説が中国の対外行動にもあてはまるかもし
れない」と書いている。その上で高橋氏は中国人のフラストレーションを、「世界から偉大な国として認められ、尊敬
されたいという“承認欲求”に強く駆り立てられているようにみえる」と捉え、「中国を世界から格別の敬意をもって迎
えられる偉大な大国に仕立て上げることを何よりも優先しようという姿勢は、さまざまな現状認識と将来展望を抱く
官僚や知識人の間で共通しているように思われる」、「改革開放政策は、30年にも及ぶ目を見張る経済成長を実
現し、中国を富強の大国に変えようとしている。まさに100年来の中国知識人の悲願が達成される条件は整ったよ
うにみえる」と続け、「ナショナリズムには、人々に偉大なる祖国に暮らす夢を与え、深まる一方の矛盾と深い亀裂
に満ちた社会的現実のカタルシスを行いながら、共産党への支持をつなぎとめる役割が期待されている。共産党に
とって幸いなことに、経済成長の恩恵を受けた人々はある種の自信から、そして恩恵を受けることができない人々
はある種の不安から、そのような夢を受け入れた。かくして1990年代半ば以降、共産党が宣伝と教育を通じて熱
心に演出するナショナリズムの高揚は、同党を大衆からのいっそうの民族的偉大さを求める圧力に―時に党自身
にも制御することが難しい圧力に―さらしているのである」と書いている。これはおもしろい見方である。

・この章の補論で小林陽太郎氏は、「とりわけ今の中国の場合、国外向け発言の大部分は国内向けのメッセージ
だと考えたほうがよいのではないかと思います。それにいちいち振り回されずに、中国が国内でどのような問題を
抱えているのか、それを把握したうえで、中国と付き合っていかなくてはならない。自信過剰に見える中国の発言や
強硬姿勢を、そのまま額面通りに受け取らずに、その背後に何があるのかをクールに理解することが求められて
いるのです」と書いている。私も同感である。

・田中修氏の執筆している第7章は、「岐路に立つ中国経済」というタイトルの割には、斬新な分析や積極的な主張
はなく、教科書的な記述で終わっている。

・第8章で丸川知雄氏は、レアアース問題を詳しく分析し、「これからは中国からの技術輸出によって世界でレアア
ースがもっと開発され、もともと需要に比べて存在量が多いレアアースはレアではなくなる可能性がある。そう考える
と、中国にレアアースを出せと迫るよりも、むしろ中国にはレアアース資源を大事にしてもらった方が、日本としては
長期的な資源確保にプラスになると考えられる」と書いている。傾聴に値する意見である。

・この章の補論ではジョセフ・ナイ氏が、「日本外交が直面するであろう今世紀最重要課題は中国のパワーの増大
である」と書き出し、「繁栄し安定した東アジアとなる鍵は、アメリカと日本が自信を維持し両国間の同盟関係を緊密
に保つことであろう」と主張している。

・第9章で田中均氏は、「13億の人口を有し、日本を抜き世界第2位の経済規模を持ち、大国化の道を歩む隣国
中国に日本はどう向き合っていくのか。日本の繁栄にとり、中国は大きなリスクであり、機会である」と書き出し、
「中国のリスクを最小化し、機会を最大化することは困難な課題である」と続けている。そして「リスクを回避し、繁栄
への機会を拡大していくには包括的な戦略がどうしても必要である。その基本には中国が東アジア地域で覇権を求
めることを抑止するとともに、中国を建設的方向に変えていくための重層的な枠組みの構築がなければならない」と
記述している。この田中氏の中国大国化という現状認識には異論があるが、「中国を建設的方向に変えていくため
の重層的な枠組みの構築」が必要であるという主張には賛成である。私がAAP(アジア・アパレル・ものづくりネット
ワーク)の組織を企図しているのは、この「重層的な枠組み」の一端の構築に、一個人として貢献したいと考えてい
るからである。

次に田中氏は、「中国の北朝鮮政策の基本は、朝鮮半島の分断という現状を変更しないことである。朝鮮半島の
再統一があるとすれば、それは韓国による再統一しか現実的には考えられない。…究極的には南北統一を目的と
する韓国も、統一のコストを少なくする上で北朝鮮のソフトランディングが望ましいと考えている」と書いている。中国
政府首脳が朝鮮半島分断政策で一致しているとは考えないが、中韓ともに北朝鮮のソフトランディング策を必死に
模索していることは事実である。私がザルビノ港への日本海横断航路開通に微力を尽くそうとしているのは、この
中韓両国の模索に日本の一企業として、協力できる側面がないかと考えているからである。

3.「中国の“日本買収”計画」  有本香著  ワック  4月1日
帯の言葉 : 「日本の森林が続々と買われている! 彼らの狙いは、日本の良質な“水”だけか? 中国が
日本を食いつくす日!」

この本も、東日本大震災前に脱稿されているので、かなり的外れなものとなっている。現在、中国人は日本の放射
能汚染を怖れて、続々と中国へ帰っているし、観光客は激減した。中国人研修生たちも、期限を待たずして、大挙
して帰国した。この本で、有本氏が積極的に主張している中国人の水源漁りも、日本の水が放射能に汚染されてい
るという風評被害を受け、急速に熱が冷めているという。また日本全土に地震発生の恐れがあるという情報のもと
に、せっかく購入した日本の不動産を売却する動きさえ出てきているという。有本氏には、東日本大震災後の中国
人の行動を、詳細に追い、続編を書いていただきたいものである。もし本当に「中国が日本を食いつくす」気なら
ば、今こそ、日本の不動産は安値買いのチャンスなのだから、売りに回らず、買い叩いてくるはずだと思うからであ
る。なお、この問題に関する私なりの異見を以下に述べておく。

有本氏はこの本の第1章で、まず中国人が北海道を始めとして、日本の国土を買っていると書き、第2章では、こ
のような事態を招いた日本の森林行政や法体系を痛罵している。そして第3章では、中国人が日本の土地を買い
漁っている真の理由は、中国の水不足を解消しようとする中国人の水源漁りであると書き、さらに第4章では中国
人の人口侵略や日本の基地や原発周辺の土地を中国人が買い占めていることを、国家安全上の問題として危惧
している。そして第5章で結論として、憲法の見直しを含む法改正を行わなければ、日本は「中国に買い取られる」
と主張している。この有本氏の仮説の誤りは東日本大震災の結果の中国人の行動で証明された。中国人の日本
の不動産購入は、水資源漁りでもなく、「買い取り計画」でもなく、単に金儲け目的の投機の結果だったのである。

なお有本氏は本文中で、「中国はWTOに加盟した際の合意書で、“土地取引分野”について留保しており、日本人
が土地を所有することはできない」(P.189)と書いているが、これは明らかな事実誤認である。たしかに中国で
は、「日本人が土地を購入することはできない」、しかし「日本企業が土地の使用権を購入することは可能である」。
したがって、日本企業を含む外資は、中国の不動産を大量に買い込んでいる。私の企業も中国の土地(工業用地
の使用権)を数か所持っているし、マンションなども購入している。もちろん中国政府が強権を発動して、外資から不
動産を取り上げるという事態を想定することは可能である。しかしそうすれば中国から外資がいっせいに撤退し、中
国が再び、自力更生の道、つまり毛沢東時代へ逆戻りするということである。それは現在の中国政府や人民にとっ
て、絶対にあり得ない選択である。中国政府は、改革開放以後現在まで、他力依存、外資依存の国として急成長を
遂げてきたし、今後もその路線を変更することはないと考えるからである。つまり現実には、中国全土が外資に買
い占められており、この状況を中国政府は是としているのである。

また有本氏は本文中で、「今、日本で大枚を使っている中国人の金は、ほとんどが自分で額に汗して稼いだもので
はない。いわゆるバブルマネー。だから、中国のバブルがはじけたらあの連中は消える」(P.157)と、保守論客の
石平氏に語らせている。この点では私も石平氏と同意見であり、中国人の現在の行動はバブル経済の賜であり、
数年後には泡と消えると思っているおり、有本氏のように大騒ぎする必要はないと考えている。有本氏も石平氏の
言を拳々服膺すべきである。

最後に有本氏は、憲法を含む日本の法体系を変えなければならないと力説している。私もこの説にまったく反対で
はない。しかし国際情勢をしっかり判断しないと、世界の大勢と反対に進み兼ねない危険性を感じる。どうもウルト
ラ保守の有本氏の説を突き詰めて行くと、日本には「鎖国」の道しか残されていないような気がするからである。

4.「中国 次のテーマは食糧不足」  邱永漢著  グラフ社  4月5日
帯の言葉 : 「7億人分の食糧不足 日本農業にも絶好のチャンス アングルを変えてみましょう」

この本は、2009年前半の時期を扱ったものであり、当然のことながら、東日本大震災など想定外の外であり、日
本からの食料品の輸出は原発事故のため、ほぼ不可能となった。しかしこの本で邱永漢氏は日本産の食料品を
中国に輸出せよと言っているのではなく、日本の農業に海外への進出を進めているのである。「いまに日本人が農
業を海外でやる時代がきます。…企業による農業経営を禁じた日本で農家の後を継ぐ人がいなくなり、農業は壊滅
に瀕しています。壊滅に瀕しても、改良、改善の気風は生きていますので、日本人の長所を日本以外の農業経営
に適したところで発揮できます」と書いている。今回の東日本大震災で不幸にも放射能汚染に見舞われた地域の農
業経営者にとっては、この邱氏のアドバイスの海外進出も、選択肢の一つの中に入れればよいのではないだろう
か。もちろんその場合は、日本政府や工場としての進出経験者たちが物心両面で最大限の援助をすべきである。