小島正憲の凝視中国

読後雑感 : 2011年 第25回 & 第26回


読後雑感 : 2011年 第25回 
14.NOV.11
1.「“壁と卵”の現代中国論」
2.「北京コンセンサス」
3.「中国が変える世界秩序」
4.「10年後の中国」


1.「“壁と卵”の現代中国論」  梶谷懐著  人文書院  10月10日
  副題 : 「リスク社会化する超大国とどう向き合うか」
  帯の言葉 : 「揺らぎ、ときに衝突する中国の制度(=壁)と個人(=卵)」

 久しぶりに、読み応えのある本に出会った。梶谷懐氏の中国の制度を壁、個人を卵として捉えて、論を運ぶ手法には新鮮さを感じると同時に大きな知的刺激を受けた。また梶谷氏はこの本の中で、115冊を越える本を引き合いに出し、それらの論者の主張を的確に紹介しながら、自説を補強している。私はまだ40代前半の若さの梶谷氏のこの博覧強記に脱帽すると同時に敬意を表する。しかしあえて苦言を呈するならば、この本には梶谷氏のアンテナに引っ掛からなかった論文や、異端の発想などは組み込まれておらず、現場知らずの象牙の塔に籠もった学者の本という印象も受けた。

 梶谷氏は現代日本人の中国感を「@“脱亜論”的中国批判」、A実利的日中友好論、B“新中国”との連帯論」という3類型に分け、自らを「あえていうなら、Aが5割、Bが4割、@が1割といったところか」と分析している。自らの立場を重層的にかつ率直に吐露しているという点で、私は梶谷氏の柔軟さに親近感を覚えた。この分類法に従えば、私はAが5割、Bが5割というところだろうか。

 梶谷氏は、「中国の現実を考えるとき、気にかかるのは、現代の中国社会を考える上での内外の議論の対立軸があくまでも“富の分配”をどうするか、ということにとどまっており、そこに“リスクの分配”をどうするか、ということが、少なくとも公式には重視されていない点である」と書いている。私は傾聴に値する意見であると思う。

 梶谷氏は現在進行中の不動産バブルについて、「日本に住む私たちにとっては、“バブル崩壊”“財政破綻”などといったセンセーショナルな言葉に踊らされる前に、まず本章で述べたような中国の地方財政および地方金融のメカニズムを、マクロ経済学の知識を踏まえながら理解しておくことが改めて重要になってくるのではないだろうか」と書いている。しかし梶谷氏は本文中で、私がいつも指摘しているように、土地とマンションは別物であるのに、不動産として一括して捉えてしまっている。土地のバブル化を証明するために引用している「土地交易価格指数」も、住宅用地のものであり、工業用地や商業用地のものではない。またマンション価格のバブル化に、インフォーマル金融が深く関与しているという指摘もない。梶谷氏が言うように中国のマンションバブル崩壊は恐れることはないかもしれない。しかしながら、それがソフトランディングという形を取るにせよ、いずれにしても早晩結論が出るわけであり、中国進出企業はそれを射程距離に入れて戦略・戦術を決定しておかなければならない。むしろ学者はそれを強調しなければならないのではないか。

 梶谷氏は現在のストライキの多発についても、その原因に言及しているが、人手不足の現状を正しく把握しておらず、それはあまり参考にならない。現場ではマクロ経済学では理解し難いような状況が、刻々と進行しているからである。

 梶谷氏は少数民族問題についても、豊富な学識から深い洞察を加えている。ことに私が今、もっとも深く追求しているチベタンコミュニストのブンワン氏のことが本文中に登場してきたのには驚いた。また少数民族問題に詳しい大西広教授への若干の批判も行われている。しかしながら私は、梶谷氏はラサやウルムチの現場には、おそらく足を踏み入れて調査を行っていないのではないか、また梶谷氏の情報収集にはある種の偏向があるのではないかと思う。学問的側面から民族問題にアプローチするのは結構だが、現場で直接、少数民族やその場の漢族と触れあってみなければ、この問題の解決方法は見出せない。私は少数民族側の自助努力不足という観点が梶谷氏の主張からは抜け落ちていると考える。私は少数民族問題で、もっとも戒めなければならないのは、少数民族側の暴発であると考えている。ラサでもウルムチでも、少数民族側が隠忍自重していれば、あの暴力の応酬はなかった。最初に少数民族側の暴発があったことが、事件を暴動に発展させ、血の弾圧という結末に至らせたのである。これはすでに実証されている。梶谷氏のアンテナには、なぜこれが引っ掛からなかったのか不思議である。暴力の応酬からは、なにものも生まれない。どんなに迫害されようとも、少数民族は暴力以外の方法で、漢族を凌駕すべく努力をすべきなのである。

2.「北京コンセンサス」  ステファン・ハルパー著 園田茂人他訳 岩波書店  10月27日
  副題 : 「中国が世界を動かす?」
  帯の言葉 : 「米国にとって大国化する中国はライバルか? パートナーか? 発展の図式=“中国モデル”とは?」

 この本の主張には、学ぶべき点が多かった。著者のステファン・ハルパー氏は、ニクソンからブッシュ(父)までの政権で外交・安保担当官を務めており、この本では「米国人の中国観」を明確に描き出している。彼はまえがきで、「本書は、米中関係が軌道に乗っているとする従来の一般的な見解とは一線を画し、市場経済が進めば民主的な政府が生まれるとする幻想を否定するものである」と、その主張を明快に打ち出している。

 S・ハルパー氏は、「6・4天安門事件を経験し、ソ連の崩壊を目の当たりにした中国共産党は、みずからの正統性確保のために経済成長を維持する基本方針を打ち出し、これが現在の中国社会の性格を規定している。経済成長を維持するために経済の自由化を推し進め、海外との協調を基本路線としつつも、その権益保護のために、西側とは異なる価値観を前提に外交を展開している。他方で、経済成長が生み出す負の遺産も無視はできず、その解決のためにもいっそう経済成長に邁進せざるを得ず、現在の路線を変えることはないだろう」と書いている。私もまったく同意見であるが、それが故に、中国が経済の一時的停滞をもたらす産業構造の転換を、自力で成功させることは不可能であると考える。

 S・ハルパー氏は、中国が経済大国化したことによって、「注意すべきは、多くの途上国、および一部の中進国が、中国的な統治モデルをアメリカモデル以上に魅力的に思っていることだ。市場経済を前提とした民主主義下の自由か、市場経済を前提とした権威主義下の高成長、安定、生活水準の向上、それに表現の不自由か、そのいずれか一方を選択しなければならないとすれば、途上国の大多数と多くの中規模、非西洋諸国は、後者に魅力を感じつつある」と書き、「ワシントンコンセンサス」が「北京コンセンサス」にその座を譲りつつあると論じている。この点についても、私は同意見であるが、あえて私は、「中国が途上国の大多数と多くの中規模、非西洋諸国に資金援助ができる余裕がある間」という前提条件をつける。中国には資金は潤沢ではなく、「金の切れ目が縁の切れ目」になる可能性がきわめて大きいと考えているからである。

 S・ハルパー氏は、「1930年代に日本統治下の満州国で発明され、その後、韓国、日本、シンガポールで洗練されたアジア型モデル。中国は、このアジア型モデルをもとに、みずからの統治の理念を磨き上げ、西洋的な理念に基づく社会契約と異なるモデルを提示するようになっている。共産党の統治理念は儒教文化に深く根ざしており、数世代にわたって信じられてきた自然な社会秩序を反映したものとなっている」と書いている。私は、このような視点から満州国を見つめ直すことも必要だと考えた。

 S・ハルパー氏はナショナリズムについて、「政府は社会的凝集力を高めるために、経済成長を維持しつつナショナリズムに訴えるといった、二つの政策をとる必要がでてくる。一方がなくなれば、他方は維持し得ない。ナショナリズムがなければ、市場経済化によって党の正統性を否定する勢力が台頭してしまう。また経済成長がなければ、ナショナリズムはその牙を内側に向け、党の指導力は揺らいでしまう。ナショナリズムは、中国共産党にとって、かくも厄介な存在なのである」と書いている。まさに至言である。

 S・ハルパー氏は米国内の状況について、「ペンタゴンは脅威に対応する部署であるため、どうしても中国問題を脅威として捉えがちになる。国防総省は、いかなる形であれ、中国の軍事的脅威に対応する責任があり、武器や人材、燃料、職員を手当するには議会の承認が必要となる。そのため、次の脅威が来ないよう備えることを仕事にする国防総省にとって、中国はアメリカに対する挑戦者と見なされがちで、いつか両者が対峙することになると考えやすい」と書いている。これも納得のいく解説である。

3.「中国が変える世界秩序」  関志雄・朱建栄編著  日本経済評論社  10月5日
  帯の言葉 : 「自動車生産・鉄鋼業の急速な台頭、人民元の国際化の行方、資源の豊富なアフリカへの急接近、東南アジアの地域融合、朝鮮半島の非核化など これからの中国はどう世界に影響するか」

 この本は、はしがきで、「中国の2010年のGDPは日本を抜いて米国に次ぐ世界第2位に躍り出た。中国の世界での存在感は増しており、さまざまな分野で中国の影響力が広がっている。このことは、日米欧など先進国が中心となってつくりあげてきた既存の秩序と時としてぶつかり、分野によっては既存の秩序を変えつつある。…(略)。本書では、こうした中国の既存の世界秩序への影響を専門家が分析し、30年を目安に世界秩序がどのように変わっていくか、また中国が世界と共存していくために、どのような政策をとっていくべきか、を論じた」と、書き出している。つまりこの本は、20年後の中国の姿を遠望したものである。私は、想定外の災害が世界を襲い続け、米欧の資本主義社会の根幹が揺らぎつつある時代に、この射程距離での分析は無意味だと考える。私たちには20年後の中国の姿よりも、来年、中国のマンションバブルが崩壊するかどうかが、もっとも大きな関心事であり、その情報こそが死命を決するからである。しかもこの本では、2030年の中国像を断言したものは少ない。

 第1章の胡鞍鋼氏の論文は、「中国政府御用達」とも読めるような作品であり、中国経済発展の光の部分のみを最大限に評価し、影の部分にはまったく言及していない。まず胡氏は冒頭で、「中国は改革開放政策のもとでグローバル化の波に乗り、高度経済成長を遂げた」とあっさり書いているが、私はこの評価には異論がある。本来、経済の高度成長とは、自力でしかも借金なしで成し遂げられたとき、評価されるべきものではないのか。中国のように、自国の労働力と土地を外資に無条件で開放(売り出)し、資金や技術を大量に無償で取り込み、それを原動力にして高度経済成長を遂げても、それは褒められた芸当ではないのではないか。しかもいまだに他力依存から抜け出せず、おそらく今後、20年を経てもこの状態から脱皮することはできないだろう。 

 さらに胡氏は中国の知識面での発展の現状について、国際論文数は世界第2位であり、特許申請数も世界第3位であると高く評価しているが、これについては、論文は中国内での引用論文が多く、多国の論文からのものが少なく、しかも独創的なものがきわめて少ないという評価が常識となっているし、とにかく中国国内での論文のブラックマーケットが100億円規模で成立しているという状況が改善されなければ、この面での中国の大きな発展は望めない。また特許申請数も、中国国内特許でしかも簡単な応用特許が多く、他国の世界特許や独創的特許と比べて評価するには無理があるとういのも、常識になっている。

 第2章は、柴田明夫氏による中国の資源戦略の分析である。柴田氏は、「中国が先進国に仲間入りをするには最低1万ドルを目安としても、そのためには1人当たりGDPをさらに4倍拡大する必要がある。この間、中国が目標とする8%成長を続けたとしても達成には15年以上かかる。しかし8%という成長速度は、10年未満で経済規模が倍になるスピードであり、10年以内に資源需要も倍になるスピードである」と書き、今後の食糧価格や資源価格の高騰を予測している。また中国の国家資源戦略には3つの柱があるとして、@国内外での供給量の確保、A備蓄、B「需要サイドでの省エネ・省資源化である。かつて70年代の石油ショックに対して、日本が塗炭の苦しみの中で省エネ・省資源化を図り、産業構造を高度化したように、中国も“2高1資”産業の高度化を図っている」と書いている。このBについては、残念ながら中国は、人民大衆に「塗炭の苦しみ」の試練を与えておらず、従前通りの外資への他力依存政策で乗り切ろうとしている。これでは産業構造の高度化は不可能であると、私は考える。

 第3章では、山崎正樹氏が中国のアフリカに対する影響力拡大について、「資源が豊富で人口増加が続くアフリカは、政治的な混乱などがなければ中長期的に高水準の経済成長を果たすと思われる。今後、中国のアフリカとの結び付きと、中国のアフリカに対する影響力は一段と強まると予想される。その過程で北京コンセンサスがひろがるのかどうか、2030年に向けてアフリカは中国モデルの実験地になると考えられる」と書いている。

 第4章では、北野尚宏氏が中国の中央アジアとの関係について、「中国が中央アジア諸国との経済関係を強化する背景には、石油・天然ガス等の資源確保に加えて、このような民族問題を抱える新疆の安定的発展と新疆分離独立勢力の封じ込めという政策目標がある」と書いている。しかしながらいかに経済関係が深化したとしても、昨年ウズベキスタンを訪ねた私の経験から考えて、漢族がウズベキスタンの地を自由に闊歩するという未来状況は想像しがたい。

 第5章は、朱建栄氏による中国と北朝鮮情勢分析である。この論文に大きな異論はない。ただし朱氏は、「米側から見れば、中国は北朝鮮が必要とする石油の90%、日常消費物資の80%、食糧の45%を供与しているから、それを外交カードとして使えば、北朝鮮はすぐに折れるだろう。しかし前述の通り、中国は北朝鮮の内部崩壊によって大量の難民が押し寄せてくることを恐れており、中朝関係自身も一種の相互利用のゲームになっており、中国指導部はポスト金正日時代の影響力を温存するためにも、北朝鮮内部の各界から恨まれる赤裸々な圧力を加えたくない」という分析に基づき、金正日以後の北朝鮮体制を4つのケースに分けて詳細に予測している。しかしこれはおそらく無用の長物となろう。なぜなら第1に、来年、中国経済のマンションバブルが崩壊すれば、中国の北朝鮮への援助そのものが危うくなるからである。第2に、北朝鮮の大量の難民の発生は、すでに対策は立案済みで、中国にとって脅威ではないからである。

 第6章は、大橋英夫氏の中国の東アジア経済統合に関しての分析である。大橋氏は、「ASEANプラス協定型のFTAは、かなりの程度まで中国の持続的成長に依存している。中国が米国に代替し得ないまでも、東アジアの最終需要の独立した創出源となることを暗黙の前提としている。その中国の持続的成長が、客観的情勢から見て、近い将来に終息するとは考え難い。したがって、中国の持続的成長を前提にすれば、やはり中国を中心とした経済統合、その具体的枠組としてのASEANプラス協定型のFTAを基軸とするシナリオが想定できる」と書いている。したがってこの論文の中には、中国経済が失速した場合については、まったく想定されていない。今や、いかなる弱小企業も想定外を組み込んだ戦略を立てなければならない時代に入っていると思うのだが、いかがなものか。

 第7章は、村瀬哲司氏の人民元の国際化についての分析である。村瀬氏は、「人民元がドル、ユーロ、円、ポンドに比肩する自由交換通貨へと、目論見通り20年までに国際化するかについて疑問なしとしない」と書き、中国政府の政策を、「将来、元は交換可能通貨になるものの、それは政府の為替管理のない完全な自由交換可能通貨ではなく、大規模な投機行為などの場合には有事規制の対象となる“管理された”国際通貨を目指すと考えられる。経済実需に裏付けられた為替・資金取引と投機的取引を可能な限り区分して人民元市場を管理し、そのために国内市場とオフショア市場の内外分離策を維持する。同時に、資本自由化は斬新的に、かつ資本項目ごとに選択的に行う“管理された”国際化を推進しようとする戦略である」と紹介している。さらに「巨額の国際資本の流れに翻弄され、通貨・金融危機を繰り返すという現行国際金融体制の弊害を削減する観点から、中国政府が試みる人民元の“管理された”国際化の成否は、世界の注目に値する」と指摘している。私も、今後の中国政府の通貨政策について、企業現場において外貨管理面を注視していきたいと思っている。この面でも中国には、「上に政策あれば下に対策あり」の格言が生きているからである。

 第8章では、室井秀太郎氏が中国の産業構造の転換や企業の海外進出について分析している。室井氏は、「2030年あたりを展望すると、中国企業は民営企業を中心に一段と資金力をつけ、海外での事業展開に積極的になっていく可能性が高い。海外企業が蓄積してきた技術やブランドを手っ取り早く取得できるM&Aは一層活発化していくことが予想される。ただ、経営再建中の企業が対象になった場合などでは、買収した企業の経営をうまく軌道に乗せていくことができるかは未知数であり、今後の推移が注目される。日本企業としては、中国企業の活力をうまく取り込んで、巨大市場となった中国での事業展開に生かしていく戦略づくりが必要になってくるだろう」と書いている。私は室井氏と同感で、長年、繊維産業に身をおいてきた私の体験上、中国企業の某日本老舗アパレル企業の買収が成功例になるとはとても思えない。むしろ重荷になるのではないだろうか。

 第9章は、孟建軍氏のIT人材の分析である。孟氏の「グローバル化やIT革命の進展に伴い、IT時代の新たな華人ネットワークの形成」が出現しているという指摘は、私も身近でも感じているので、素直に納得できる。さらに孟氏は、「これからは2030年に向かって中国は経済構造の転換や生産効率の上昇を図るために、さらなる自らの経済統合を果たさなければならない。その際に、IT人材に対する需要はますます高くなっていくと思われる。そうなると、中国は世界全体の人材資源を利用し、その反面、世界全体にも人材を輸出することが予想される」と書いている。しかしながら孟氏は、この論文中で中国政府のネット規制問題や、ネット販売におけるアリババや陶宝の事件などに見られる中国固有の負の面については、まったく言及していない。

 第10章では、関志雄氏が今後の中国の体制についての議論を紹介している。この論文で関氏は、「中国脅威論」、「中国責任論」、「中国崩壊論」などや、中国政府が明示した「平和発展論」を紹介している。関氏は、「中国は冷戦の終結を受けて、社会主義の看板と一党独裁を維持しようとする唯一の大国としてますます“特異”な存在となってきている。孤立を避けるために民主や法治、自由、人権といった概念を“普遍的価値”として受け入れなければならない。残念ながら、この自明の理をめぐって、中国においては保守派と改革派の間で論争が続いており、コンセンサスができていない」と書いている。そして「改革派が主張しているように、中国にとって、“普遍的価値”を追求していくことは、真の近代化を実現するためにも避けて通れない道であるだけでなく、世界と共存共栄するためにも是非とも必要である」、「世界平和を実現するためにも、中国がいずれ民主主義体制に移行することが求められよう」と書いている。欲を言えば、関氏には、その時期と形態について、明言して欲しかった。

4.「10年後の中国」  高原明生・大橋英夫・園田茂人・茅原郁生・明日香壽川・柴田明夫共著
                                            講談社  10月25日
  副題 : 「65のリスクと可能性」  帯の言葉 : 「経済大国か、軍事大国か、民主化か、大混乱か」

 この本は、まえがきで、「中国経済は、まさに怒濤の勢いで成長を続けている」と位置づけ、「本書は、不透明きわまりない中国の未来を、敢えて展望する試みである」と、勇ましく本書の企図を書いている。しかし同時に、「中国は山積みする問題を抱えながら、今後も高く飛翔し続けるのか。諸問題を解決して軟着陸する可能性もある。だが空中分解するか失速して、急降下する可能性も否定できないだろう」と書き、上手に逃げ場を用意している。つまりこの本には、硬軟両様の両論併記が多く、10年後の中国の姿を断言する主張は少ない。

 第1章では、「中国経済の“10年後”」が記されているが、当たり障りのない主張が続き、ことさらに注目すべき文言はない。また人手不足の現状や一人っ子労働者の労働感の変貌、モグリ企業の存在、インフォーマル金融の跋扈など、今後の中国経済を占う重要な事態がまったく記されていない。バブルについても、不動産バブルと言いながら、そこにはマンションについての数字が羅列されているだけで、土地価格についての統計数字はいっさいない。つまり著者は、中国ではマンション価格はバブル化しているが、土地(ことに工業用地)は高騰していないという事実を知らないのではないか。現在、中国で起きているのはマンションバブルであって、土地バブルではない。このことを看過すると、中国のバブルの性格を見誤る。また第1章の中では、「元来中国では肉体労働を軽視する傾向がある」と中国人幹部への技術の伝授の難しさを書きながら、数ページ後には、日本の技術が中国へ流出することを危惧する記述があるように、前後が矛盾するような個所も見受けられる。

 第2章には、「中国政治の10年後」が記されている。その中の、「“チャイニーズ・ドリーム”が衰退し、“チャイナ・ドリーム”が興隆する」という表現はおもしろい。またこの本には珍しく、「中国共産党の一党独裁は必ず終わると断言できる」と明確に書き、劉暁波の提唱や趙紫陽の「利益集団組織化」案などを紹介している。私はこの趙紫陽の考え方については、検討してみる価値があると思った。しかしそれ以外の具体論になると、「平和裏に体制転換できるとは限らないだろう」、「大きな騒乱につながり、中国社会の安定を脅かすかもしれない」、「きっかけがあれば、今後も暴動や騒乱は起きるだろう。不満が大きくなればなるほど、少数民族の行動も過激化すると予測される」、「台湾との統一を達成した先には、…(略)。より適切で合理的な国の大きさが模索される時機が到来するかもしれない」というような歯切れの悪い文章に終始し、一党独裁後の中国体制像を明示しているわけではない。また少数民族問題の項で取り上げられている青海省チベット族の例には、事実誤認とその後の経過についての認識不足がある。

 以下、第3章は外交、第4章は社会、第5章は軍事、第6章は環境、第7章はインフラと食糧が取り上げられている。
 なお、儒教について、「中国が生み出した普遍的価値として可能性があるのは“儒教”だろう」、「中国エリートが今日でも通用する儒教の価値を実践して人民の価値を集め、人民がそれに追随し、“和諧社会”が実現でき」れば、「今後中国はそれを世界に広めようとするだろう」(P.128)、「政府は儒教を、国の理念として利用する方向に動きつつある」(P.211)と書き、それを肯定している。しかし一方で、「元来中国では肉体労働を軽視する傾向がある。工場長は現場へ出向かない。研究者は生涯大学の研究室に籠もって研究する。これが長年の伝統だ」(P.29)、「家族イデオロギーが健在であるがゆえに、親の側が、同居は無理でも子供の近くで暮らしたいと望んだり、子供の側が親の老人ホームへの入居に反対したりと、社会全体で介護するという方向に舵を切れないでいる」(P.172)として、儒教の呪縛から解き放たれずもがき苦しんでいる中国社会像を提示している。


読後雑感 : 2011年 第26回 
17.NOV.11日
☆今回は、「中国市場への進出」に関連した著作を中心に取り上げたてみた。

1.「中国市場戦略」
2.「それでも、小売業は中国市場で稼ぎなさい」
3.「なぜ中小企業の中国・アジア進出はうまくいかないのか?」
4.「中国ビジネス 2012」
5.「中国情陸」
6.「紅いベンチャー」

1.「中国市場戦略」  エドワード・ツェ著  日本経済新聞出版社  10月24日
    副題 : 「グローバル企業に学ぶ成功の鍵」   帯の言葉 : 「世界戦略の中で“中国”をどう位置づけるか」

 著者は、やがて中国が世界の中心になるという確信のもとに、この本を書いている。たとえば、「中国のパワーはスケールと熱意の組み合わせから生じている。このパワーが国際舞台に躍り出たとき、世界に与える影響は甚大だ。したがって、ますます多くの業界で中国は形勢を一変させる風雲児となる。中国という存在が、多くの業界で一般的なビジネスモデルや競争の基本原理、つまりゲームのルールを根本的に変えていくのである」と断言している。この本の中では、中国の否定的事象はほとんど無視されている。いわばこの本は、中国政府御用達のような本である。また本文中に登場する企業は、すべてが超巨大企業であり、中小企業の経営者にはまったく参考にならない。

 第2章で著者は、「開かれた中国の勝者は、消費者自身である」と書き、その理由を、中国政府の開放政策が「世界でも有数の過当競争を生みだし」、廉価で高品質な製品を消費者が手に入れることができたからであると記している。しかしながらその結果、「1990年代を通じて、数え切れないほどの企業が中国の巨大な消費市場に製品を販売する目的で進出しその多くが失敗に終わった。多くの業種で巨額の投資に対するリターンは悲惨なまでに少なく、犠牲は大きかった」とも書いている。私は開放政策での勝者は、中国政府であると考えている。なぜなら中国政府は、雇用や物価安定などに、外資導入という無償の資金援助を受けることができ、自らの資金を使わずに済んだからである。反面、外資は中国政府の開放政策に乗せられて、著者も書いているように、中国に資金を持ち込み、その多くがすべてを吸い取られて撤退するハメに陥ったのである。

 第3章で著者は、中国の経済成長を可能にした大きな要因は、中国人の起業家精神であると書き、「中国のもっとも活動的なリーダーは国有企業であれ、民間企業であれ、偉大なる野望に突き動かされている。生き残るだけ、成長するだけ、利益をあげるだけではなく、可能な限り短期間のうちに世界レベルの地位に到達したいと考えている」と記している。そして華為など先進企業の経営者たちの成功談を描いている。私は、その結果、たしかに現在、中国人起業家たちは、果てしなき欲望を短時間で達成するために、もっとも速効的なマネーゲームに没頭するようになっていると考えている。

 第4章で著者は、中国の政治体制について、「中国が政治的な転換期にあると考えるのは間違いだ。今、世界に見せている姿が少なくとも向こう10年間の中国の姿であり、10年を大幅に超える期間にわたって変わらない可能性も高い」と書き、その理由を、「おそらく中国人民の圧倒的多数はこの国の政治体制を単に消極的に受け入れているのではなく、積極的に支持している」、「中国人民の政府や生活に対する満足度は世界でも最高水準にある」と記している。そしてその政治体制を維持するために、中国の政治指導者は、「経済を停滞させるべからず。成長を維持し、生活水準を継続的に引き上げること。経済を諸外国に対して開放し続けること。経営手法であれ、技術であれ、資本主義が内包する最高の手法を吸収しつづけること」に、注力していると書いている。つまり中国は、自力更生に方針転換せず、今まで通り、他力依存・外資頼みで国家を運営していくということである。問題は、外資が中国に魅力を失い、総撤退するという事態に中国が見舞われたとき、このシナリオは根底から崩れるということである。

 第5章で著者は、中国におけるワンワールド企業の創出という問題を提起している。しかしこれらの中核となる企業の経営者の多くが、いずれも密かに中国の国籍を離れようとしている現状では、このような提案も夢物語に終わるのではないかと思われる。またワンワールド企業の思想的核心に儒教を据え、全世界に布石されている孔子学院を利用すれば、ソフトパワー面の問題は解決可能であると書いているが、企業経営にとって儒教は両刃の剣であるし、孔子学院にはそれほどの影響力はないと、私は考える。

第6、第7、第8章で著者は、中国事業に必要とされる戦術を詳述していが、ことさらに目新しいものはない。

2.「それでも、小売業は中国市場で稼ぎなさい」  西河豊著  中経出版  11月3日
  副題 : 「中国進出への6つのステップ」   帯の言葉 : 「ニューリッチのニーズをつかめ!」

 この本で西河豊氏は、「儲かりそうと思う方より、楽しそうと思える方の道を行け」と書き、中国市場への進出は将来性があり、閉塞した日本市場よりおもしろくて楽しいと勧める。たしかに私も、中国市場に進出し成功するための第一条件は、まず「中国に進出してみたい」という気持ちであると考える。逆に「中国大好き人間」であれば、とにかく中国市場に進出してから、思考錯誤してみた方が成功への近道だと言えるだろう。私の会社でも、大学で中国語を学び、わが社に就職し、中国の現地縫製工場で通訳として働いていた「中国大好き人間の若者」が、数年前、突然わが社をやめ、上海で日本人向け弁当屋を始めたという例がある。本人は飲食業関係にはまったくの素人であったが、とにかく手探りで事業を開始し、1年後には黒字化した。つまり何をやるにせよ、何を売るにせよ、「中国大好き」ということが、成功するための出発点であると、私は思う。

 いずれにせよ、工場進出と違って、市場への進出は、資金が1〜2桁少なくて済む。また撤退することも簡単である。さらに中国市場への進出の手助けをしてくれる日本の組織は、ジェトロや各県や各銀行の出張所などを含めて、きわめて多くの窓口が用意されている。また私の中小企業家同友会上海倶楽部も、無料で相談を引き受けている。もちろん西河氏のような有料コンサルタントは無数にある。とにかく中国市場進出はきわめて簡単であり、チャレンジしてみることが大事である。西河氏のこの本は進出前に読むよりも、中国の現地で悪戦苦闘しながら読む方が、すっきり体得できるのではないかと思う。

 しかしながら、中国市場へ進出して、すべての企業が、「大儲けできるかどうか」は、定かではない。この本でも、中小企業の成功例はわずかに3件しか取り上げられていない。中国市場が魅力的であるというならば、私がいつもこの種の本の書評で言っているように、大企業を除いて、中国市場進出中小企業の成功例を、財務諸表付きで、しかも日本国内への利益還流額と税金の納付額を明記して、最低でも100社はリストアップして欲しいものである。残念ながら、この本も私の要求を、まったくクリアーしていない。

 それどころか西河氏は、「中国で儲けたお金は中国で再投資し、中国スケールでの事業規模を大きくしていく考え方が重要です」と書いている。もちろん事業が一定規模になるまでは、それも納得できるが、日本国籍で、日本の政府諸機関にお世話になり、日本ブランドで勝負している以上、いつかは日本にしっかり利益を還流させ、税金を支払うということが日本国民としての義務であると、私は考える。西河氏にはぜひ次回作で、このことを強調してもらいたい。

.「なぜ中小企業の中国・アジア進出はうまくいかないのか?」 日経トップリーダー編 日経BP社
                                                    10月24日
  副題:「後悔しない成功マニュアル」 帯の言葉:「超円高で進出に拍車決断のとき!社長の信念と行動力が鍵!」

 この本は、中国・ベトナム・タイ・インドネシアに進出して成功した中小企業を、20数社紹介しており、それなりに参考になる。しかし上掲書と同じく、売り上げを明示している企業は多くなく、利益額や日本での納税額はまったく記されていない。いわば日本では無名の中小企業が、海外進出成功例として名を連ねているだけに、それらの数字が列挙されていれば、この本の価値は格段に上がったものと思われる。

 この本ではタイでの工場進出の成功例が紹介されているが、今回のタイ大洪水でこれらの工場も大きな被害を受けたのではないだろうか。次回作では、ぜひ追跡調査を行っていただき、見事にその難関を乗り切った経験を再び紹介してもらいたいものである。ちなみにタイの工業団地に進出していて、今回の大洪水に見舞われたわが社と同業の縫製工場は、1年前にバングラデシュにも新工場を立ち上げており、急きょ、仕事を振り替えて生産し、急場をしのいでいる。これはまさに中小企業にも、他拠点化が必要となった代表例であると考えている。

 この本では、タイでの成功例として、E&Hプレシジョン・タイランドという会社が紹介してあり、そこには「ではなぜ、本社をタイに移さないのか。日本に本社がないと日系企業ではなくなるということですから、仕事上何か影響がでるかもしれません。今も設備資金は昔から懇意にしている日本の金融機関から借りていますし、万一、タイの政治経済に不測の事態が起きた時のために、本社で資金を積み立てています」と書いてある。つまりこの会社は、しっかり日本国家に納税しているということである。一方、中国に進出して成功した例として上げられている渡邉技研は、「先技精工を香港に設立して深センに再進出。日本に見切りをつけた」という。つまり日本の本社は抹消し、香港に本社を設立し深センに工場を立ち上げ、現在では売上高30億円を誇る企業に成長しているというのである。日本に会社がないのだから、当然のことながら、日本国家に法人税は払っていない。私はこのような会社を成功例として、持ち上げることには反対である。なんども言うように、日本国籍を持ちながら事業を展開するのならば、日本国家への納税義務を果たすべきだと考えるからである。すでにこのような会社が海外に相当数存在しているし、また今後、円高の嵐の前に海外進出企業の増加が予測され、それとともにこのような例が激増すると考えられる。この際、空洞化税などの創設を考えるべきではないだろうか。

 最近の調査では、米国でもフォーチュン誌トップ280社のうち30社が高収益でも、企業所得税が3年間ゼロであったことが判明した。これには米国の税制の“抜け穴”が巧妙に利用されているようだが、そのうちの一つに海外収益の合法的計上隠しがあげられている。

4.「中国ビジネス 2012」  日経BP社  12月25日
 これは雑誌であるが、拙論が掲載(P.92〜96)されているので、厚かましいとは思いつつも紹介させていただく。

なぜか編者は7の数字が好きのようであり、この雑誌には、「7つのキーワード」、「7大リスク」、「7人のキーパーソン」、「最新データ70」などという題の記事や小論が並んでいる。拙論にも、「中国バブル崩壊でも損をしない方法 歴史から学ぶ7つの鉄則」という題名が付けられた。原題は「中国バブル崩壊は秒読みか?」というものであるが、さすがに編者の付けた題の方が、読者を惹き付けるのではないかと思った。

 この雑誌の冒頭には、今、売り出し中の加藤嘉一氏が登場している。そこで加藤氏は、「2012年の中国を展望し、大転換はない」と結論付けている。その根拠に特別目新しいものはないが、「中国人たちは意外に近視眼的なところがある。国家が将来どうなるか、後世に何を残すべきかなど、あまり考えていないようだ。激動の世の中を生き抜くための“無関心”こそが、中華民族・中華文明が長いこと生命力を保持してきた原動力の1つである。…(中略)。中国人が大局観を持ち、物事を戦略的に進める強(したた)かな人種であることは容易に想像できる。ビジネスの現場でも、中国人の強かさ、戦略観は際立っている。しかし無関心と強かさは矛盾しているようで、共存するのだ。中国を、中国人を理解する難しさはまさにここにある」と語っている。この主張の是非はともかく、私は、若い加藤氏が、このように老獪な思考方法を、どこで身に付けてきたのかと不思議に思う。

 第1章では、2012年の中国経済の行方を、「ハードランディングは回避でき、引き続き伸張する」と結論付けている。
 第2章では、中国のリスク要因を7つに分けて記している。その中で、インフォーマル金融を取り上げ、「中国ではシャドーバンキング・システムが急拡大している。現在の市場規模は総額4兆〜5兆元(正規の銀行貸し出し総額の1割弱)に及ぶとも指摘されており、中小企業にとっての貴重な資金調達源となっている」と書いている。また不動産市況については、「最近は値上がり幅が緩やかになってはいるが、全体としてマイナスに転じている訳ではない。今後も、当面はないだろう」と書いている。
 第3章には、中国市場の開拓についての、情報、アイディア、コメントなどが書いてある。
 第4章では、中国市場で闘う日本企業を論じているが、大企業を対象としたようなものばかりで、中小企業に有益な具体的アドバイスは少ない。この章の最後に、拙論が載せられている。
 第5章は、ポストチャイナを論じた章である。ここでは「VIP」と「CLMB」という言葉を、初めて目にした。またここに書かれている「ポストチャイナ 工場進出に必要な3か条」は参考になる。
 第6章には、中国の最新データが70項目、載せられている。

5.「中国情陸」  柿澤一氏著  メディア総合研究所  10月15日
  副題 : 「中国人から学ぶ中国ビジネスの極意」   帯の言葉 : 「実録・中国ビジネス必勝の書」

 この本は、上海万博の日本産業館の料亭「紫 MURASAKI」総支配人の奮闘記である。とてもユニークであり、それなりに楽しめる本だが、題名や副題が悪いのではないかと思う。「中国情陸」というネーミングは3面記事を連想させてしまうし、わずか1年ほどの中国経験で、「中国人から学ぶ中国ビジネスの極意」、「実録・中国ビジネス必勝の書」などと大言壮語するのは、いささかおこがましいのではないだろうか。ネーミングがよければ、そこそこ売れるのではないかと思うが、残念な本である。もっと素直に、「上海万博・日本料亭奮闘記」ぐらいにしておけばよかったのにと思う。

 この本は一般のハウツウ本とは違い、柿澤氏やその上司である深澤氏が、日本流を貫き通し、このプロジェクトを成功させており、それはそれで注目に値するが、そのすべてを「中国ビジネスの極意」と言い切り、普遍化してしまうのには若干無理があると思う。しかし80后、90后という世代の中国人女性を、日本式教育で素晴らしい仲居さんに育成していった手腕には感心させられた。柿澤氏が鄒大慶氏という素晴らしい中国人パートナーに出会えたことも、このプロジェクトが成功した大きな要因の一つであろう。本文中では、当の鄒さんの、「中国でのビジネスでもっとも大切なのは、パートナー選びです。よき通訳を見きわめ、よきパートナーとして選ぶこと。これができれば、ビジネスは成功したのも同然なのです」という言葉を紹介している。私もこの指摘には、2重丸を付ける。
それでもこの本は、上海万博の一面を物語る本として、思い出に残るべき1冊であると思う。

6.「紅いベンチャー」  服部英彦著  カナリア書房  8月10日
  副題 : 「蓮の華 咲くように 明日咲かせたい」
  帯の言葉 : 「中国マーケット仕掛け人 拜 会 実録物語 著者3年ぶり、待望の書き下ろしは中国大陸が舞台だった」

 この本は、弱冠31歳の中国人女性の起業成功物語である。それなりにおもしろいが、残念ながらこの本には、誤植や主語が混乱している文章があり、日本語の文章としては、首をかしげるような部分も多い。よほど刊行を急いだのか、校正に手抜きがあったのではないか。その傾向は副題にも現れており、意味するところがよくわからない。

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