韓国の知性、新しい時代を語る

韓国の知性、新しい時代を語る 第8回



 以下に掲載するのは、当研究所が主催している「北東アジア動態研究会」での白 楽晴氏の講演、報告です。

 韓国を代表する知識人であり、同時に、分断体制と冷戦構造の下にある朝鮮半島と東アジアの現状を克服し新たな時代をひらくために実践的に発言を重ねておられる白 楽晴氏を講師に招いて開催することになった今回の研究会(9月25日開催)の趣旨について「開催のお知らせ」から一部抜粋しておきます。

 「3月11日の東日本大震災以降、日本の産業・経済の苦境、政治の底なしの混迷、さらに40年前の『ニクソンショック』以来のドル基軸体制の根底的動揺と、日本と世界は歴史的な転換への歩みを加速していることを痛感します。
 こうした時代の大きな転換点に立って、あらためて、グローバル化とは一体何であったのか、あるいは、競争と効率を至上のものとして突っ走ってきた市場原理主義さらには米国流のマネーゲーム資本主義のあり方を根底的に問い直すことを迫られているというべきです。
 同時にそれはまた、私たちが東アジアに生きる一員としてこの地域で21世紀の時代をどう生きていくのかを歴史的、思想的にも深く問い直すという命題を突きつけてきているものだと考えます。
 (中略)
 7月末、韓国の市民、知識人、各界の代表が結集してソウルで開かれた『円卓会議』に際して『(次期大統領選後となる2013年以後の)新たな時代は、以前とは大きく異なるものにせねばなりません。開発・成長至上主義の限界を直視し、生活の質と人間を重視する国家発展モデルへの転換を図らねばなりません。福祉と性平等、生態と労働の価値が優先的に尊重され、南北がともに生きる韓(朝鮮)半島の再統合の可能性を現実化することで、民主主義とすべての人の人間らしい生活が保障される社会を創らねばならないのです。』と語りかけた白 楽晴氏の「マニフェスト」はまさに今、「震災後」の私たちが直面している問題意識と深く通じるものだと考えます。
 東アジアに生きる一人として、これからの時代とどう向き合い、この地域と世界の未来をどのようにひらいていくのか、問題意識を深めていきたいと考えます。」

 研究会開催にあたっての問題意識は以上のようなものでした。

 研究会での講演と長時間にわたる質疑、討論を通じて、白楽晴氏からは、現在の東アジア情勢と日本、朝鮮半島の南北関係、韓国の政治、社会状況について詳細かつ深い分析と問題提起がなされました。

以下に、講演、報告部分の内容を掲載します。


東アジアと朝鮮半島の新時代をきり開くために

2011.9.25  白 楽晴
 本日この貴重な機会を設けてくださった21世紀社会動態研究所の関係者の皆さんに心から感謝します。表題に「新時代をきり開くために」という表現を使いましたが、新しい時代が自然に開かれるのを待つのではなく、「私たちの力できり開こう」というのが研究所の皆さんの趣旨と信じ、これに共感してあえてこの表題を選びました。そうした実践的な意志を抜きに、時代がどう進んでいるのかを科学的に分析するだけならば、文学評論家で英文学徒である私は、その資格不十分なアマチュアと言わざるをえません。
 表題に「東アジアと朝鮮半島」を掲げて「日本」を外したのは、第一に本日この席で東アジアを論ずる場合、日本が含まれるのはあまりにも当然であろうし、第二に私が日本についてあまりにも無知なので、わざと人目を引かないように避けた面もあります。ともあれ、発表は日本に関する話から始めますが、外国に暮らす東アジア人として日本社会にかける期待を中心にお話します。

1.東アジア人として日本社会にかける期待

1−東アジア近隣諸国の多くの人々は日本社会に期待よりは不信と憂慮、甚だしくは敵対感情を抱いているのが現実です。第一にこれは、19世紀半ばに東アジアの近代が始まって以来、日本が隣国を侵奪して抑圧した歴史に起因するでしょう。また、もはや軍事的侵略は犯していない1945年以後も、かつての隣人に加えた被害に対して本心で反省しているという感じを与えていないからです。

  しかし、日本抜きで東アジアの新時代をきり開く道はありません。今年になってGDP基準で世界第二の経済大国の地位を中国に奪われたのは事実ですが、第三の経済大国という地位も決して軽いものではありません。さらに、一人当たりの国民所得基準でははるかに中国をしのぎ、面積や人口でもヨーロッパの最強国ドイツを凌駕します(面積の場合、領土だけでなく領海と専管経済水域まで含めれば、ドイツとの差はさらに広がります)。

  また明治維新後、日本が「脱亜入欧」の道を歩みながら蓄積してきた学問と技術、制度上の資産も莫大です。脱亜入欧路線が隣国のみならず日本社会にも大きな不幸をもたらし、それによる日本と他の東アジア間の分裂が未だに癒されていないのは事実です。しかし、日本のアジア復帰が円満に実現する場合、日本社会が蓄積したあらゆる資産は東アジアの資産になり、アジアがヨーロッパとアメリカなど、外部世界と協同して新たな人類文明を建設する際に、決定的な貢献をするでしょう。

2−日本がその経済的比重と文化的・技術的力量にもかかわらず、東アジア人の期待に応えられなかったのは政界と市民社会の無気力が大きく作用したと信じます。そういう状況に意味ある変動をもたらしたのが2009年に実現した政権交代でした。その後の民主党政権の無能と漂流により、当時の期待は幻滅に変わった面が多々ありますが、日本でも市民の力で政権を変えうることを示した2009年選挙の意味は依然として無視できないと私は信じます。さらに鳩山由紀夫首相の「東アジア共同体」構想は、一論客ではない国政の責任者が「脱亜入欧」路線の修正を宣言した最初の例でした。これもまた、今は一時の構想に終わってしまった形勢ですが、いつでも新たに芽生えうる種子を植えたのだと思います。

  私が見ても、日本の政局は当分の間混迷状態が続きそうです。その反面、日本という国全体で見れば、3・11大震災と今も持続する福島原発事故によって8・15敗戦に次ぐ転換期を体で感じているようです。こうした実感が、日本の近代化の主導理念である脱亜入欧・富国強兵路線に根本的な変化をもたらすのかは見守るべきことですが、とにかく東アジアと朝鮮半島の新時代を夢見る私としては、日本社会への期待を簡単には放棄できないのです。

2.朝鮮半島住民の要の役割

1−日本社会が自らの役割を果たすためにも、朝鮮半島住民の役割が関鍵であると言えば、韓国人特有の朝鮮半島中心主義の発想だと思われるかもしれません。しかし、例えば一度こんな想像をして見て下さい。これはもちろん歴史の領域から仮想の領域へ移動する話ですが、1910年日本による強制的な併合を阻むだけの力量が大韓帝国にあったなら、日本人の運命もまた大きく変わったのではないでしょうか。それでも、日本が西欧列強の支配下に入ることはなかったはずです。むしろ昨年11月ソウルで催された東アジア平和フォーラムで坂本義和先生が提起されたように、「20世紀の初めから、三国(韓・日・中)の国民が協力して、東アジア共同ナショナリズムを創り出」(坂本義和「東アジア共生の条件――21世紀に国家を超えて」『世界』別冊第816号、岩波書店、2011年3月、164頁)すことは可能だったろうし、度重なる戦争を経てついに原子爆弾まで被った日本民衆の激甚な受難も避けることができたでしょう。

  敗戦後の日本社会が旧体制をきちんと清算できずに、「脱亜入欧」路線を「脱亜従米」に変えて続けてきたのには、8・15以後の朝鮮半島民衆が統一国家を建設できずに、朝鮮戦争の惨禍を防ぎえなかったことが決定的に作用しました。その上、日本政府は植民地支配の過ちを公式的に反省して謝った後も、植民地朝鮮の半分であった北朝鮮に対して、謝罪どころか強圧的な排除政策を堅持できるのも、分断体制の南側当局の同調ないし積極的な扇動があるからです。

2−鳩山首相の「東アジア共同体」構想がもつ決定的な弱点も、朝鮮半島問題の核心に対する認識が欠如していたという点です(拙稿「『東アジア共同体』と朝鮮半島、そして日韓連帯――日本の韓国併呑100年にあたって」『世界』2010年5月号参照)。ただ、その程度の構想でも実質的な破局を迎える過程で、朝鮮半島の情勢が直接的に関与しました。2010年3月の天安艦沈没事件は、南北間の緊張のみならず、東北アジア全域にわたって米・中対立を激化させ、その渦中で鳩山首相は沖縄の基地問題で米国の要求に屈服する契機をみつけ、これがまた鳩山内閣の崩壊と日米同盟の一方的な強化へと続いたのです。

  天安艦事件に関し、詳しくお話する段階ではありません(日本語で発表された関連文献を参照:『世界』2011年3月号、67〜70頁)。とにかく、韓国政府が主張して日・米の政府が同調した通り、天安艦の沈没が北朝鮮の魚雷攻撃の結果だとしても、朝鮮半島情勢が日本社会の行方に莫大な影響を及ぼすという論旨は有効です。まして、韓・日・米当局の発表は科学的根拠が不十分だとか、甚だしくは証拠の一部が操作された疑惑まであるというなら、これは韓国社会が自らの国内問題をきちんと解決できないため、日本を含む関連国の不義・不当な選択を誘発した、もう一つの事例になるでしょう。

3−とにかく朝鮮半島における南北間の衝突を契機に、韓・日・米が一方に立ち、北朝鮮・中・ロシアが他方に立つ「新冷戦構図」が成立するだろう、という観測が一時盛んになったこともありました。しかし、往年の東西冷戦体制に匹敵するほどの対決構図が再現される条件は存在しないようです。中国は米国の最大の債権国であり、米国は中国の最大輸出国という事実からして、かつての米・ソ関係とはあまりにも違います。それに朝鮮半島を中心に見ても、韓国は日・米だけでなく、中国およびロシアとも国交を結んでおり、両国との経済関係も深い方です。特に中国とはそうです。こういう状況で前述した「新冷戦構図」が成立するなら、それは極度に非対称的な構図の中で北朝鮮の孤立を深化させる道しかなく、南では少なくとも短期的には北に対する優位が強化されると喜ぶ人もいるでしょう。ただ相対的な劣勢がひどくなるとしても、それが直ちに北朝鮮の「崩壊」を意味していないことは、ここ数年間の対北制裁の局面で明らかになりました。そして、北がこうした劣悪な状況が続くことを大人しく見守ってはいないだろう、という観測が優勢です。米・中間の葛藤と摩擦は持続するにしても、大枠で妥協して協力するのは明らかであり、六者協議の再開に向けた米国の動きが感知されてもいます。

  そのため、韓国政府が「新冷戦構図」に期待をかけすぎると、ある日突然韓国は周辺の強大国の将棋のコマに転落する公算が大きいのです(韓国政府も今はその危険性に、遅ればせながら気づきはじめた気配が認められます)。日本政府もまた、米国と手を組んで中国に対抗するという政策にあまりにも依存しすぎると、実際は米国が日本の支持を適当に利用して中国とより有利に妥結してしまう、という目にあうかもしれません。もちろん、米国との関係は韓国と日本にとって重要なもので、知恵をもって発展させていくべき問題です。しかし、韓・日(と台湾)すべてが自ら変わりながら相互に連帯することで、東アジアは米国と中国が勝手に争っては、勝手に手を組みもする舞台ではなく、何よりも東アジア民衆の意思が尊重される地域になるようにすべきでしょう。

3.韓国における「2013年体制」

1−この間の韓国では、天安艦沈没のような大型事故、南北間の様々な衝突、また気候の変化を実感させる台風や洪水の被害がありましたが、日本におけるような大地震や津波、そして致命的な放射線の流出事故はありませんでした。にもかかわらず、いわゆる「四大河川の蘇生」で包装された無理な土建事業により、天災地変ならぬ政府主導の大々的な環境破壊が進みました。老人層をはじめとする庶民の生活難は災害レベルに近接し、原発事故はなくても住民の自由と基本権に対する制約が大幅に増大しました。南北関係もまるで津波に襲われたようにあちこちで崩れ、壊われました。どうかすると、日本の3・11に匹敵する「低強度大災難」が起こったわけです。その結果、いくら低強度にしても市民の間歇的な抵抗を抑えつけ、4年近く続いた人災も天変地異の水準という認識が広く行きわたり、李明博政権の任期が終わる2013年に韓国社会は新たに出発しなければという情緒が、保守・進歩を問わず、多くの人々に共有されています。

2−こうした認識と情緒に基づく企画の中で、私自身の提起した「2013年体制」論は、今日の混乱ぶりはすべて李明博政権の失政のためだという立場とは次元を異にします。2013年「体制」を論じるのは、韓国現代史で軍事独裁を終息させた1987年6月民主抗争後に成立した87年体制が、適時に新しい段階に進みえないために、少なくとも?武鉉政権の半ばから初期の建設的動力を大部分喪失して末期的な混乱現象を見せはじめた、という認識を前提にしています。李明博政権が批判を受けるべき点は、こうした混乱を初めてひき起こした点ではなく、87年体制を克服して2008年を「先進化元年」にしようという李明博氏の約束は当初から実現性もなく、時代精神にもそぐわない発想だったのに加え、実際に87年体制の末期局面をさらに引き延ばして、その混乱ぶりを「天変地異」の水準に拡大したという点です。

  2013年に本当に新しい時代をきり開くためには、87年体制の動力と限界に対する正確な認識が必要です。ここでは私自身の見解の概略的な説明に留めざるをえません。87年体制はよく「民主化時代」と称されますが、私は民主化以外にさらに二つの動力が加勢したと信じます。その一つは経済的な自由化です。ここにはすでに新自由主義の局面に入った世界資本主義の影響も作用しましたが、少なくとも87年体制の初期は、開発独裁国家から企業の自由と労働者の権利を同時に獲得するという肯定的な過程でもありました。もう一つは――韓国内の進取的な87年体制論議でもよく忘れられる点ですが――、6月民主抗争陣営の一角で特に重視された「自主」と「統一」への要求です。

  1987年から約20年間、韓国社会は三つの領域すべてで意味深い成果を達成しました。だが重要な点は、その三つの動力が円満に結合して持続性と相乗効果を確保することで、あまり長くない時間内に87年体制自体の限界を突破することでしたが、2008年の新政権の成立はそうした契機になるどころか、大々的な逆行の時期に帰結したのです。

3−それでは、87年体制の基本的限界とは何でしょうか。様々な解釈があるでしょうが、私は民主化の達成がどこまでも朝鮮半島南部に局限された達成だったし、したがって1953年の休戦後に固定化された分断体制を揺り動かしはしても、「53年体制」の枠組を変えられなかったという点だと思います。これにより、民主勢力は分断体制の固守勢力と厳しい戦いを交えざるをえず、経済的自由化の過程は次第に新自由主義による国家の公共性の縮小、財閥企業の市場支配の拡大、労働運動の社会的革新能力の喪失などの後退現象を生むようになり、金大中・?武鉉政権の画期的な南北関係の改善作業も国内改革の議題との相乗効果をあげられないまま、結局2007年の大統領選挙で「非核・開放・3000」という、とんでもないスローガンを掲げた勢力に敗退してしまいました。

  そのため2013年体制の主要課題は、87年体制とあわせて、その本質的制約として作用してきた53年体制を打破することです。とはいえ、直ちに統一へと進むわけではありません。ただ、李明博政権が破綻状態に追いやった南北関係を復元して、交流・協力を再開することだけでは不十分なのです。停戦協定を平和協定へと変える朝鮮半島の平和体制の構築とともに、統一ではないが完全に別の国家に分立する状態でもない、「南北連合」という分断現実の共同管理装置、それでも朝鮮半島の脈絡では「第一段階の統一」と見なしうる段階(拙著『朝鮮半島の平和と統一』、岩波書店、2008年、13〜17頁)を達成しなければなりません。そしてこれは、決して「南北問題」という別の次元で解決されるのではなく、一方で北京9・19共同声明(2005年)が提示した東北アジア平和体制の建設と並行しながら、他方で市民が同意して参加する韓国社会の総体的な改革と結合した作業なのです。

4−それを可能にするために、この目標を志向する勢力が2012年の二大選挙、つまり4月の国会議員選挙と12月の大統領選挙をすべて勝たねばならないのは当然です。とはいえ、2013年体制に対する経綸が明確で、それを執行すべき実力を備えた勢力でなければ、執権しても再び国政の乱脈ぶりを呈するのがオチです。いや、実際の選挙に勝利できるかも疑問です。李明博政権に対する民心の厳しい批判にもかかわらず、与党・ハンナラ党は政党支持率で相変わらず民主党を大きく上回る巨大な勢力であり、朴槿恵氏という高い世論支持率を固守してきた候補を保持してもいます。

  こうした状況で、野党勢力の当然の選択は「連合政冶」です。これは2010年の統一地方選以来、成果は不十分ながらも野党勢力の成功に相当な寄与をしており、今や誰もその当為(Sollen:かくすべし)を疑いません。ただ、2012年の国会議員選挙に関しては、野党勢力の「大統合」、つまり連合的な単一統合政党を主張する民主党および相当数の党外人士と、民主党を除く「進歩政党」の統合後に民主党と「連帯」するという主張が対立しています。しばらくの間、その問題を巡ってお互いに会って意思疎通するのも憚られる程でした。こうした膠着状態を打開するためにも、2013年体制論が一助となったわけです。去る7月26日に発足した「希望2013・勝利2012円卓会議」は、「2013年以後」のビジョンを共有する中で、「2012年選挙勝利」の方策も順次論議しようという合意の下に、見解を異にする市民社会の人士21名が一堂に集まりました。次いで9月5日には、野党4党の代表との会同を実現させ、2012年二大選挙と近く行われるソウル市長補欠選挙に共同で対応するという原則的な合意を導き出しました。その後の進展事項や展望については、この後の討論で触れる機会があるでしょう。

4.むすびに

1−先ほど、20世紀初めの日本による植民地化を防止できずに、20世紀半ばに同族殺しあう戦争を自ら招いた朝鮮半島住民の歴史的な失敗が、日本の民衆の苦難を加重させた事実に言及しました。そういう点で、日本が韓国に負った負債とは別の次元ですが、韓国もまた日本に返す負債があると言えましょう。私は韓国で2013年体制を成立させ、1953年体制に変わるべき朝鮮半島の国家連合体制を建設することこそ、そうした「負債償還」の近道だと信じます。私は日本社会の力量を過小評価するわけではありませんが、日本が3・11の教訓をきちんと生かして既存の脱亜入欧・富国強兵路線を清算して、新しい東アジア、ひいては新しい人類文明の建設に積極的に出ていくことは、韓国における2013年体制の達成なしでも可能であろうとは考えられません。当面「脱原発」の問題だけみても、韓国政府が今のように泰然自若として既存の原発建設および輸出計画を推進するなら、日本経済は韓国側の「不当競争」でより苦しくなり、「脱原発」勢力の立場はそれだけ狭まることになります。その上、日本がアジアの他の国との歴史的分裂を修復して東アジアの一員に復帰するには、朝鮮半島の分断解消ないし緩和が必須のものとして求められているのです。

2−中国の台頭が東アジアと世界にとって幸福な事態になるためにも、韓国と朝鮮半島の新時代が緊要です。最近少なからぬ人々が「G2」を語り、甚だしくは米国から中国への「勢力転移(power transfer)」を論じています。でも私は(アマチュア的な推測ですが)、中国の人口がいくら多くGDPが急速に増えたとしても、米国の覇権的な地位の継承はもちろん、全般的な国力で米国と単独でわたり合うのも不可能だろうと思います。日本が米国側に立っている状況では、余計にそうでしょう。もっとも中国と日本が協同する場合なら、米国との勢力均衡は大いに異なるでしょう。でも、このためには和解・協力および漸進的な再統合の過程に入る朝鮮半島の存在が必須ではないかと思います。直接的な仲裁者としての役割も無視できないでしょうが、新たな共生の原理と雰囲気を伝播する威力がより決定的でしょう。

3−新たな共生の原理を尊重する韓(=朝鮮半島の連合)・日・中の協同ではない、韓・日・中三国の助け合いは現実的に定着しがたいでしょうし、東南アジアを含めた他の国家から警戒の対象にならざるをえません。東アジア全域にわたって達成された互恵的な地域連帯のみが、米国の力でも下手に口出しや妨害ができない実力と道徳的権威をもちうるのです。これは、中国単独では新たな覇権国家になりえないので、ヨーロッパ連合式の東アジア連合を形成して世界体制の新たな覇者(hegemon)になろうとする発想とは本質的に異なります。現存する資本主義世界体制は、それを構成する国民国家の排他的で理論上は対等な「主権」を前提としているため、特定の国家が覇権国家の役割を遂行しない場合には、無政府状態を免れがたいです。1つの覇権国家が衰落する場合、戦争を経てでも覇権の継承が達成されてこそ、維持される世界秩序なのです。現在は米国の覇権が没落しながら、新たな覇権国家(または覇権的国家連合)の台頭も期待しがたいために、今までは経験しえなかった地球的な秩序維持の方式が創案されないなら、近代世界体制は無秩序以外に期待できない状況に至ったと思います。私はそうした新しい秩序維持の原理の発見と実現に東アジアが先頭に立つ可能性に言及したのであり、このために3・11を経た日本と、数年間「低強度大災難」を経てきた韓国の民衆が力を合わせて特別に貢献できることを望んでいるのです。