小島正憲の凝視中国

読後雑感 : 2011年 第10回 & 第11回


読後雑感 : 2011年 第10回
10.MAY.11
1.「中国人は本当にそんなに日本人が嫌いなのか」
2.「中国、インドなしでもびくともしない日本経済」
3.「魯迅」
4.「中国“日本侵略”の野望をこう打ち砕け!」
5.「証言 日中映画人交流」 


1.「中国人は本当にそんなに日本人が嫌いなのか」 加藤嘉一著  ディスカヴァー・トゥエンティワン
                                                     3月20日

 著者の加藤嘉一氏は、現在、27歳の若さである。まことに頼もしい日本男児である。このような若者がいれば、
今後の日本を安心して託すことができる。加藤氏は今、中国のマスコミで大活躍中の人物であり、彼自身がそれ
を、中国で「2009年は、200本のコラムを書いた。テレビや雑誌の取材も318回受けた。2010年、この数字は
ほとんど変わらない。“量から質へ”という個人的戦略があって、少しだけ数は減ったけど、それなりの露出は保持
している」と書いている。

 この本は加藤氏が自身の中国感を書いた物だが、常に加藤氏の体験し知覚している日本と対比しながら、論を
進めるスタイルを取っている。それは若者らしいさわやかな切り口であり、いささかの迷いもなく自己主張を展開して
いることに、私は驚きとうらやましさを感じた。たしかに若者であるが故に、その論に深みはないが、それは年齢と
共に加味されていくに違いない。

 加藤氏は歴史認識の問題に論及して、「日本人は、中国人が日中戦争中に受けた被害の深さを理解するように
努め、中国人もまた、日本人の第2次世界大戦観が複雑なものだということを理解するべきだ。これは、現実的な
問題である。和を以って貴しとなす、これ以外に選択肢はない」と言い切っている。加藤氏は中国人に向かい胸を
張って、堂々とこのように発言しているという。彼のような若者の出現を前にして、私は、「老人(私を含む)は早く消
え去るべき」という持論に確信を持った次第である。

2.「中国、インドなしでもびくともしない日本経済」  増田悦佐著  PHP研究所  4月5日
   副題 : 「新興国市場の虚構を暴く」
   帯の言葉 : BRICSは本当に“希望の星”なのか? 強欲欧米人、経済メディアにだまされるな!」

 増田悦佐氏は、この本でBRICS諸国の経済をこき下ろしている。「中国はニセえり経済、インドはインクレディブ
ル、ブラジルはサンバとサッカー、ロシアは権力の闇」と書いている。私は中国、インド、ロシアでは現地でのビジネ
ス経験がある。その視点で検討してみると、増田氏の主張はそれぞれに極論が多く、あまり参考にはならない。増
田氏は中国が背広の下には何も着ておらず、胸から上だけの服で、エリだけを見せて、立派なワイシャツを着てい
るように見せかけていると揶揄し、その実物の写真まで載せている。そして「結局、中国経済は安い労賃と環境の
維持保全にあまりカネをかける必要のない社会だということで、外資企業に儲けの場を提供しているだけの、あわ
れな国土賃貸業者にすぎないのだ」と述べている。中国経済については私も「砂上の楼閣」と見ているが、20年前
の中国ならいざ知らず、私はいまどきこんなワイシャツを見たことがない。今、中国人は綺麗なワイシャツを着てい
る。また中国経済が安い労賃を売り物にした時期はすでに過去のものになっている。増田氏が文中で引用している
文献なども古く、あまり参考にはならない。

 ことに増田氏はほとんど現地には足を運んでおらず、各種の文献のみを渉猟して、この本を書いている。ブラジ
ルについては残念ながら、私も行ったこともないので軽々しく発言はできないが、幸い、今年の6月中旬に、ある経
済視察団の一員としてブラジルに行くことになっている。この国についてはその後に検討してみたい。最近、ブラジ
ルには、富士康や華為など台湾・中国系の企業が進出しており、それを見るのも私の楽しみのうちの一つでもあ
る。ことに富士康はブラジルへの1兆円の追加投資を決めたばかりである。

 増田氏は、「確率論的には何十年に一度、何百年に一度、あるいは何千年に一度だろうが、天変地異は起きると
きには起きる。そして偉大な指導者の号令一下、一糸乱れず整然と行動できるような組織になればなるほど、その
戦略では想定していなかったような事態に対処するための対案が出て来なくなる。…自慢じゃないが―いややっぱ
り大いに自慢してしまおう―無力・無策・無能と三拍子そろった指導者しかいない日本のような国では、すばらしい
戦略が的中することも絶対ないかわりに、戦略で想定していなかった事態で立ち往生ということもない。そもそも戦
略がないからだ。それが、中国やインドやブラジルやロシアのような国家統制で経済を運営している国の弱みであ
り、日本の強みなのだ」と書いている。現在、日本は想定外の事態に見舞われており、とても上記のように自慢でき
る状態ではない。増田氏はただちにこの文章を修正するべきである。

3.「魯迅」  藤井省三著  岩波新書  3月18日
   副題 : 「東アジアを生きる文学」
   帯の言葉 : 「現代中国は魯迅文学を抜きには語れない! 東アジアのモダンクラシックとなった作品を読み
   解き、その生涯にせまる」

 藤井省三氏はこの本で、東アジア現代史を簡略に記しながら、魯迅の生き様を描き、その主著作の概要を紹介し
ている。したがってこの本を読めば、魯迅文学の背景を理解し、魯迅の懊悩を知ることによって、魯迅の作品をさら
に深く堪能できる。今までの私の魯迅作品の読み方が、いかに浅薄なものであったかを分からせてくれる有り難い
本である。

 藤井氏は、「魯迅は、中国における国民国家建設にとって文学が不可欠である、と考えていた。彼にとって文学と
はコミットメント(社会参加)の一つの方法であり、文学と革命は一つであった」と書き、魯迅の生涯を多くのエピソー
ドで綴っている。その中でも、「(辛亥革命が勃発したとき、故郷の紹興府中学の教員として)魯迅は学生武装隊を
率いて城内警備にあたり革命軍の入城を迎えている」という武闘派としての魯迅の紹介には、驚いた。私はこのよ
うな面が魯迅にあったことを知らなかったからである。また藤井氏は魯迅の上海における生活が、著作の印税など
で意外にゆとりがあったこと、そのような環境で17歳年下の許広平と生活(同棲)していたことなどを、「魯迅が諸都
市遍歴後の上海でようやく手に入れた中産階級の安定した暮らし」と書いている。1930年代半ばの在上海日本人
は約2万6千人で、その大多数が虹口区に住んでいたと記し、それらの日本人を背景としたからこそ、内山完造の
内山書店も存在できたと書いている。

 藤井氏は、竹内好氏の魯迅著作の日本語訳に対して、「魯迅の文体は屈折した長文による迷路のような思考表
現を特徴とするが、竹内訳は一つの長文を多数の短文に分節化して、明快な日本語に変換しているのである。伝
統と近代化のはざまで苦しんでいた魯迅の屈折した文体を、竹内好は戦後の民主化を経て高度成長を歩む日本
人の好みに合うように、土着化・日本化させているのではないだろうか」と疑問を呈している。

 また藤井氏は、「戦前に毛沢東が聖人化した魯迅を、戦後の共産党政権が独裁体制の正当化に利用し続けた」
と書き、最近の中国では、「40歳以下、特に若い女性は魯迅を読みません」という中国人の言葉を紹介している。

4.「中国“日本侵略”の野望をこう打ち砕け!」  平松茂雄・田母神俊雄著  WAC  3月3日
   帯の言葉 : 「中国は2020年に空母6隻を持つ! 日本の周辺は中国の海になってしまう!」

 「中国は軍事力を強めて、覇権国家になろうとしている」(田母神)  「それは私が保証します」(平松)
 「中国は軍事力で劣る相手を平然と脅かす」(田母神)  「大事なのは軍事バランスですね」(平松)
 平松・田母神両氏は、「中国は国民生活を二の次にして、ひたすら核ミサイル開発、ついで通常戦力の現代化に
邁進して世界の“軍事大国”に成長し、それを土台にして、いまや日本を追い抜く“経済大国”に成長しつつある」と
書き、「空母を含め、中国の軍備拡張にどう対応するかは、日本にとってこれからの十年で最重要課題といってい
いと思います」と述べている。つまり両氏は、今後も中国が経済成長をし続け、その結果、軍事大国と化し、尖閣諸
島を含めて日本を侵略する。それに対して日本は核を含め軍備を増強すべきであると主張しているのである。さら
にこの本の半分近くを割いて、日米同盟がいかに当てにならないものかを書いている。

 私は中国がこのまま経済成長を続けることには、かなり無理があると考えている。したがって経済成長の裏付け
がないため、軍備の増強も続けることはできないと見ている。ただし私には中国の軍事力についての評価について
は、それを正しく行う能力も資料もないので、あまり遅くない時期に軍事専門家を交えて、検討してみたいと思ってい
る。

 文中で田母神氏は、「中国はもともと人権無視のお国柄なので、漁師が5百人や千人、死んだって騒ぐようなとこ
ろではない」と書いているが、これは暴論である。

5.「証言 日中映画人交流」  劉文平著  集英社新書  4月20日
   帯の言葉 : 「やっぱり、傷を乗り越えた人間にしか、映画は描けないってことじゃないですかね」

 私はこの本で初めて、「佐藤純彌監督、高倉健主演の“君よ憤怒の河を渉れ”は、文革後に初めて公開された資
本主義国映画として、ケ小平による改革開放時代の幕開けを示すシンボリックな作品となった」ということを知った。
これでやっと中国の中年以上の層で、高倉健の人気が高い理由がよくわかった。また高倉健が内田吐夢監督に、
「お前はマルクスを読んだことがあるか」と聞かれて、「読んでません」と答えると、「そんなんじゃお前はいい俳優に
はなれないよ」と言われたエピソードを紹介している。これは当時の映画関係者に、満州帰りの左翼系が多かった
ことを物語っている。

 劉氏は初めて日中合作映画「未完の対局」を撮った佐藤純彌監督に、「中国側のプロデューサーの汪洋さんもし
ばしば、“日本側の言うようにしろ”とおっしゃっていました。彼の基本的な考え方は、文革の空白期を経て、中国映
画を作り直すには日本側の指導が必要であると。だから汪洋さん自身もやはりその教条的な考え方が嫌だったの
だろうなと思います」と語らせている。

 また、「だから国の印象をステレオタイプで決めつけてはいけないのです。本当にその辺は僕たちの職業の問題
でもあって、作る側は、話がおもしろければ良いとか景色がきれいなら良いではなく、表に出す出さないは別として、
何か感じ会うようなものを必ず持っていなければならないと自戒しています。ジャーナリズムの怖さというのを、僕は
身にしみて理解しているわけです。文革時代の紅衛兵と同じようなもので、戦争中に過ごした子供時代はもう完全
に洗脳されていた。相手国に対して抱いているステレオタイプ的なイメージというのは、最初にどう思い込まされた
かということもあるわけだけど、むしろ外国の人達と接触したことのない人達が抱きがちなイメージです。それを防ぐ
ためには、どんどん外国人と接触して、自らのステレオタイプを直していくというのが、一番良いと思う」と述べさせて
いる。

 続いて劉氏は、栗原小巻、山田洋次氏へのインタビューや木下惠介氏への回想などで、多くの貴重な証言を引き
出している。



読後雑感 : 2011年 第11回   
24.MAY.11
 最近、中国は「世界の市場」や「世界第2位のGDPを誇る経済大国」として、メディアに登場している。

 そしてそれに煽られた新米企業の中国進出ラッシュが、激増している。さらにそれにターゲットを合わせたようなハウツー本が、たくさん発刊されている。今回はそれらの一部を、著者の年齢順に取り上げてみた。

1.久野勝邦:71歳  2.吉村章:50歳  3.大羽りん:43歳  4.秋山謙一郎:40歳  5.加藤嘉一27歳


1.「中国人と日本人」  久野勝邦著  早稲田出版  4月17日
   副題 : 「グローバル環境への対応」
   帯の言葉 : 「我われの隣国にはもっとも分かり合えない人たちが住んでいる」

 この本で久野勝邦氏は、「中国語の言語としての限界」をキーワードにして、中国人の分析を進めている。この手法は画期的で、その論は傾聴に値する。また久野氏はアングロサクソン論にも通暁しており、本文中に数回出てくる日本人・中国人・アングロサクソンの3者の対比は、刮目に値する。忙しくて本を読んでいるヒマのない人は、図書館で本書の末尾に掲載してある「付表:中国人と日本人の比較」を探しコピーしてもらって、それを熟読玩味するだけでも面白いと思う。ぜひ本書を読んでもらいたいので、私の下手な解説を省略したいのだが、以下にそのさわりと重要部分を紹介する。

 私は今後、久野氏の下記の切り口を参考にしながら、中国や中国人を把握し直してみたいと考えている。このような考え方をすると、今まで中国人の言動の中の不可解に感じられた点が、解析可能になってくる気がするからである。

・「中国について考える場合に、第一の着眼点は中国語である。中国語の最大の問題点は、言語の表記が表意文字でしかできないことにある。そして漢文は一部の知識階級しか理解されず、書いてあることの解釈さえも誰かの教えなくしては理解されない状態であり、広く自分の意思を伝達する手段として普及するには、困難を伴う」

・「過去と現在の区別がなく、文法とか時制表現の方法も曖昧な中国語。前置詞・副詞・動詞など、品詞の区別も曖昧で、関係代名詞もなく、接続詞も少なく、同氏の語尾変化による多様な表現もない中国語。複雑な論理は例をあげて相手に伝えるしかない中国語。これらは中国人にとっては日常の経験であるが、外国人から見ればきわめて非論理的な言語体系である。したがって、一般中国人が論理的な思考に慣れていないのもやむを得ない」

・「加えて中国語には四声がある。音声の高低は、音楽に見られるごとく、感情の緊張・高揚を呼び起こし、感情を殺して冷静に論理を伝達することの難しい言語である。論理や事実よりは、一方的な断定口調で感情的に、結論を押しつけようとする中国人の特徴もここに由来している」

・「中国という国では、漢字という制限があり、宗教観のような目に見えない考え方・思想を一般に伝えることができず、西欧・日本で広まっているような人々の間の一体感を生み出す共通の宗教観に到達することは不可能のようである。一般的に中国人は五感で理解できること以外は信じず、自分が死んだ後のことまでは、通常考えないといわれている」

・「日本人から見ると、中国人は論理が理解できない御しがたい人たちと見える。論理が伝達しにくい分だけ、相手の感情を読み取ろうとする涙ぐましい努力が見られる。論理を重視した法治主義ではなく、この国では人と人の感情的なつながりを重視する人治主義しかありえないことも理解されるはずである」

・「中国人には、革命の拝外攘夷のような破壊的な行動を愛国的として好み、日本人のように言葉を大事にして法と秩序を守る人間を嫌い煙たがる傾向がある。孫文がかつて中国人は“一盤散砂”、つまり砂のようにバラバラな民である嘆いたが、漢字の民族は結合が難しい。一枚岩の団結を維持するには、あくまで対外的な恨みを醸し出さない限り、中国人のアイデンティティの確立ができないわけである」

・「中国人は長い歴史の間に、激しい圧迫を受け続け、精神的に大変な苦しみを味わい続けてきたが、中国人には宗教と呼べるものがなく、いつの頃からか“法螺”を吹くということが一種の精神安定剤になっていたとされる。好んで、“法螺”を吹くという中国人の習慣に対して、その楽しみを守ってあげるということが、“面子を潰さない”ということである。面子の裏にある真実を暴かないとうのが、社会生活において絶対に欠かしてはならない“マナー”になっているといわれる。万一、権力者の面子を潰すようなことになれば、命も危ないことになる。中国人の“面子”と“法螺”は一対になった概念とのこと」

・「このような“面子”という言葉に表れた中国の形式主義や、“面子”というものを中心にした権威主義は、中国的無神論の当然の帰結とも言われているが、これしか社会の秩序・安定を維持する方法はないわけである。中国人は、日本人から見れば空虚とも思える“面子”によって生きており、“面子”こそが中国精神の真髄ともいわれている。そのような中で、儒教(儒学)というものが、どのような“面子”を維持すべきかを教えるものと考えると分かりやすい」
※上記の“面子”に関する分析を、次項で取り上げる吉村氏の論と比較してみていただきたい。

2.「中国人の面子」  吉村章著  総合法令出版  6月2日
    副題 : 「知っておくと必ずビジネスに役立つ」

 この本で吉村章氏は、中国人がいかに面子を大事にする人種であるかを、面子を3種類(網面子・貸し面子・義の面子)に分けて捉えるという同氏独自の分析手法を使い、詳細に書いている。少し回りくどいが、参考にはなる。この本の中で私は、「緑の帽子を男性に贈呈してはならないし、自分がかぶって外出してはならない」ということを、初めて知った。吉村氏の解説によれば、「緑の帽子は、恋敵にガールフレンドを奪われた不甲斐ない男を意味する」からだそうである。幸いにしてこの20年間、私は緑の帽子を他人に贈呈したこともなければ、かぶったこともなかったので、このくだりを読んでいてほっとした次第である。

こ の本にはやたらと「中国人との酒の飲み方に対する注意やら極意」が出てくる。タイトルを「知っておくと必ずビジネスに「役立つ、中国人との酒の付き合い方」としても良いのではないかと思うほどである。「知っておくと役立つ“お酒の席”の豆知識が、@からDまであり、「お酒の席での注意点」などや、吉村氏自身の酒の席での武勇伝も紹介されている。それなりに参考にはなるが、吉村氏は酒豪のようなので、酒が嫌いな人や飲めない人の心情や立場は理解できず、その人達へのアドバイスは書かれていない。中国人にも1割ぐらいは酒が嫌いな人がいるし、最近では健康上の問題があって酒を控えている人も、多く見受けるようになってきた。できれば吉村氏にはそのような場合のフォローの仕方まで、書いて欲しかった。私は体質上まったく酒が飲めないので、中国でも酒をまったく飲まずにビジネスを展開してきた。その体験からいえば、酒席が下手でビジネスが失敗したということは皆無である。むしろ酒の飲み過ぎで大型商談をダメにした日本人をこの目でたくさん見てきた。私ならば、「とにかくビジネスは酒席に持ち込むまでに、決着を付けておけ」というアドバイスを書く。そして美味しく、楽しく酒を飲めばよいのではないだろうか。

3.「これだけは知っておきたい中国人の常識と非常識」  大羽りん著  武田ランダムハウスジャパン
                                                       4月20日
   帯の言葉 : 「嫌いな人も好きな人もつきあわなくてはならない巨大な隣人」

 著者の大羽りん氏は、「中国人の父と日本人の母を持つ」女性で、「中国人として生まれ、10歳までは中国人として育てられ、10歳からは日本人として教育を受け、生きてきた」、また「高校卒業後、北京師範大学の附属高校に短期留学し、中国語を再度学び…」、その後通訳や翻訳の仕事に従事し、現在ではその仕事を中心にして起業し、代表取締役として活躍中であるという。その点では、日本人としての感覚で、中国人の常識や非常識を心底から捉えるにはまさにうってつけの人材であろう。大羽氏は日中関係を男と女の恋愛関係に似ている気がすると書いているが、面白い表現である。

 大羽氏は、中国人の本音として、「“日本人と商売するのは(コップを傾ける仕種をしながら)”これがあるからいい。欧米人は付き合いが悪くてね。飲んでくれないから、あまり本音を出さないんだよ」と書いている。私は欧米人の酒の飲み方についてあまり詳しいとは言えないが、たしかに日本人の方が付き合い易いと思う。また中国では恐妻家が多く、「奥さんの尻に敷かれている男性の意」を示す言葉の発音と「気管炎」の発音が同じため、酒宴などでは「妻の管理が厳しい男性」には、「気管支炎」ですかと問いかけるとその座が盛り上がるという。面白いことを知ったので、今度、私も酒宴で使ってみようと思う。また色についての解説の中で、上掲吉村氏と同じく、ここでも「緑色の帽子をかぶると言えば、妻が不貞を働いたという意味の隠語である」と書いている。やはり男性にとって緑は禁物なのだということがわかった。

 しかしながら大羽氏には、もう少し日中双方の歴史や習慣、人間心理、現状などについて、深く勉強してもらいたいと思う。たとえば中国人には「日本刀」からは「殺戮のイメージ」しか浮かばないので、日本の観光名所ではそれらの展示などに留意して欲しいと書いているが、台湾の台南の鄭成功記念館には、「日本刀」も「日本の甲冑」も堂々と陳列してある。なぜなら明の遺臣:鄭成功は日本人傭兵を最前線で、清の軍隊と戦わせたからである。日本人の武士が明のために戦い、そのとき使用した日本刀がそこに展示してあるのである。台湾の観光名所に展示してあるものが、なぜ日本で展示されていてはいけないのだろうか。その他、この本の中には、同様の知識不足の部分がかなりある。

 また大羽氏も、孔健氏についての解説の中で、「孔子直系の第75代目子孫」として紹介しており、私と同様の誤認をしている。

4.「いまこそ知っておきたい! 本当の中国経済とビジネス」 秋山謙一郎著 秀和システム  3月2日

 秋山謙一郎氏は、「その歴史から大国といわれる中国は、これ(GDP世界第2位になったという事実)により、経済でも、名実ともに大国となった」と書き、「砂上の楼閣」である中国経済を大国と誤認し、日本人や日本企業に大国中国への進出を扇動している。また「中国は世界第1位の人口で“人手不足”なし」と主張し、「人手不足下のストライキ多発」という現下の中国のひどい状況をまったく知らない。また「中国はいまだ手つかずの巨大な市場」などと、すでに数年前に市場は飽和状態であることを、これまたまったくご存知ない。秋山氏のこの本だけ読んでいると、中国には金儲けのチャンスがごろごろしており、どんな日本企業が進出しても、やすやすと成功するような気になってしまう。もし中国が、秋山氏がこの本で書いているように、ビジネス面で魅力的な国ならば、進出した多くの日本企業が故郷に錦を飾り、凱旋しているはずである。ところが現実には、進出した日本企業には失敗して撤退した企業の方が多い。中国での企業の経営環境を手放しで礼賛するような、この本を読んでみても、「本当の中国経済とビジネス」はわからないだろう。

5.「常識外日中論」  李小牧・加藤嘉一著  メディア総合研究所  4月25日
   帯の言葉 : 「“非常識”が語る日本と中国の“新常識”!!」

 この本は、中国のメディアで超有名な日本人の加藤嘉一氏と、日本の歌舞伎町で有名な中国人の李小牧氏との対談である。李氏は前書でこの本を、「日本人が外から見た日本人論、中国人が中から見た日本人論」であると紹介し、「日本人論、中国人論、日中関係論である。このような本は今までになかった」と自画自賛している。しかしながら、その割にはレベルが低く、刮目させられるような論は少ない。ことに李氏の論には、中国人らしいギラギラしたものを嗅ぎ取ることはできても、かぐわしい文化の香りを感じ取ることはできない。

 李氏は、「私は中国を変えたいんです。そのためには外国にいて、祖国を客観視する必要があると思った。外国からだと中国の良いところ、悪いところがよく分かるんです」、「(中国の)一党支配を変えて、民主主義にしたい。私は共産党員にはなれないので新たな党を作りたいですね」と話しているが、そのための具体的な活動については一言も触れていない。かたや加藤氏は、「自分がこうやって中国での言論活動やっているのも、僕が発言することによって、中国の人の対日感情が良くなること、中国の人がより柔軟性を持って日本を理解することができることを目指しているんです。それによって日本の企業は絶対儲かると思うし、日本の対中外交もやりやすくなると思う。だから僕がやってるのは、全て日本のためですよ」と語っている。これを読めば、明らかに若い加藤氏に軍配が上がる。

 加藤氏は、「僕は国を離れてみて初めて日本のことを誉められて嬉しいと思ったし、初めて日本のことを批判される悔しさを知りました。これって健全な愛国主義ですよね。愛と憎しみじゃないですけど、祖国に良いところ、悪いところを指摘して初めて愛国者なんです。それこそコスモポリタン、インターナショナリズム、国際主義ですよ。あの毛沢東が、“愛国主義というのは、国際主義といっしょになって初めて健全なんだ”と言う言葉を残していますが、これは今の時代も変わらないと思います」と話している。私は加藤氏の「健全な思考」に同感である。

 加藤氏は、「僕がすごく感じるのは、今の日本の国情は比喩的な表現で言うとまるで戦前です。ずっと不景気で若者は行き場のない憤りを内に溜め込んでしまっている。そんな中、カリスマ性のあるリーダーが出てきて強攻策を取ったらと思うと恐ろしい。それは中国も同じ。行き過ぎた国粋主義が蔓延していてナチスじゃないですけど、ファシズム恐慌的な状況ですよ。仮に中国のバブルが崩壊して経済的に厳しい状態になり、国民の不満が爆発すれば、明らかに間違っているって分かっているにもかかわらず、中国のリーダーは国民に迎合して、煽ることによって自らの権力基盤を高めようとする。これってファシズムですよ」と語っている。これまた、私は若い加藤氏の鋭い洞察に同感である。

 現在、加藤氏は中国メディアで大もてである。もちろん加藤氏も中国での発言には、かなり神経を使っているという。文中ではその注意事項を4つに分けて説明している。加藤氏は頭脳も明晰である上に、中国語も流暢であり、発言も慎重である。これだから中国メディアに受けるのだと思う。ある意味では、中国メディアが加藤氏をガス抜きに利用しているとも考えられるが、それでもこのような日本人の若者が中国のメディアにいつも登場し、活躍することは喜ばしいことであると思う。