韓国の知性、新しい時代を語る

韓国の知性、新しい時代を語る第4回


「『京郷新聞』は保守派マスコミのように忠誠を強要するのか」解題

【掲載にあたって】

韓国で発行されている「京郷新聞」の白楽晴氏のインタビューをもとにした「プレシアン」の記事(2010年10月20日)を掲載するにあたって、まず翻訳者の青柳純一氏の「解題」をお読みいただきます。これによって白楽晴氏のインタビューに示された氏の論考についての意義と位置づけがおわかりいただけると思います。
また、青柳氏が白楽晴氏と話し合って、日本の読者のために、元の「京郷新聞」のインタビューから補足すべき内容を訳出してくださいました。「福祉」あるいは「福祉国家」ということを論点、争点とする際に「南北関係の発展いかんが韓国社会の福祉と直結しているという認識」の重要性について語っていることはきわめて示唆深いものがあると感じます。
青柳氏の「解題」と本編の記事、そして補足記事を一体のものとして読み込んでいただければ幸いです。


白楽晴氏のインタビューにかかわる記事の翻訳にあたり   青柳純一

 去る10月20日、「朝鮮半島平和フォーラム」創立1周年の記念出版会を前にして発表された、『プレシアン』の次の記事は白楽晴さんの現状認識をうかがわせる内容で極めて興味深いが、その翻訳・紹介にあったては、多少のコメントが必要なように思われる。

 まず最近の韓国では、進歩政党を自負する民主労働党が北朝鮮に代表団を送り、その際に「(北朝鮮の)権力世襲について批判しなかった」ことを、これも進歩派といわれる『京郷新聞』が批判した。この論争に保守派の新聞も加わって泥仕合の様相を帯びはじめると、白楽晴さんは『京郷新聞』と民主労働党の双方に自制を促しながら、今後の展望に関連づけて直面する課題の核心を端的に提示しており、ここで紹介する記事にその一端がうかがえる。(この記事は『京郷新聞』10月19日付のインタビューを基に執筆されている)。

 すなわち、直面する最大の課題は「2012年総選挙と大統領選挙」であり、その際に諸野党のみならず市民運動、市民団体を含む「民主改革勢力」の連合をいかに幅広く、いかに豊かな内容で実現させるかが核心だと、彼は指摘する。そして、その連合を実現させる過程で討論は必要不可欠だが、その討論をへて連合を生みだす過程で過去の失敗を繰り返してはならず、「市民社会の関与」が決定的に重要な意味をもつと考える。

 過去の失敗例として、1980年代の学生運動で激論が交わされたNL(民族解放)―PD(民衆民主)論争、結局これは相手の打倒を自己目的化した「内ゲバ」(権力闘争あるいは泥仕合)に堕した(日本よりはるかに前の段階で収束した)。その再来、あるいはそのミニ版を民主労働党と『京郷新聞』の論争にも直感したのではないか。

 また、北朝鮮の権力世襲や人権問題を批判する人々に対しては、その批判が正しいか否かではなく、どうしたらそれを改善できるのか、という現実的な方策を提示する。

 その方策こそ2000年6・15南北共同宣言であり、そこにこめられた「分断体制」克服への(南北の)共同精神であり、「現状変革」への共同作業であるというべきだ。

 そう見る時、現段階の韓国において求められる「民主改革勢力の連合」とは、1997年大統領選挙でのDJP(金大中―金鍾泌)連合や2002年ノ・ムヒョン―鄭夢準連合という野党政治家の連合(野合)のレベルではなく、むしろ市民運動、市民団体などの「市民社会」が主導する「大連合」である。

 その「大連合」が成立する際の基軸として、6・15南北共同宣言への評価が決定的であることを白楽晴さんは示唆しているが、それに加えて「歴史観」「歴史認識」が重要であることを、私たち日本人読者は読みとっていきたいと思う。そして、私たち日本社会に生きる者なりの、「分断体制」克服への共同精神、「現状変革」への共同作業について考えていきたいと思う。

 なお、この記事のタイトルに関連し、白楽晴さんとしては『京郷新聞』への批判という面よりも「民主改革勢力の連合」という面に重点をおきたいという。また、いくつかの質疑応答が省略されているが、その中で特に重要と思われる項目について、元の『京郷新聞』における応答を最後に補充した。


『京郷新聞』は保守派マスコミのように忠誠を強要するのか
『プレシアン』2010年10月20日から
 白楽晴ソウル大学名誉教授は、最近民主労働党を声高に批判している『京郷新聞』に対し、「保守派マスコミのように思想を検証し、忠誠を強要するのは問題」だと苦言を呈した。それも、『京郷新聞』とのインタビューにおいて。

 白楽晴教授は20日、朝鮮半島平和フォーラムの創立1周年にあたって行われた同紙とのインタビューで、「(北の三代世襲は)私たちの国民情緒に合わないだけでなく、民主主義の一般的常識にも合わないという点は明らかだが、短答式の原則表明で何とかなるものではない」と述べ、次のように語った。

 白楽晴教授は、「民主労働党に対する京郷新聞の問題提起は、趣旨は異なるとはいえ、何か久しぶりに時流に一致する自信があるのか、どこか高圧的な姿勢を感じた」と述べ、「世襲がいいか、悪いかで区分する次元ではなく、社会的な討論の対象にする必要がある」と主張した。

 白教授は、「かつてのNL(民族解放)―PD(民衆・民主主義)路線争いの延長上で、一方は北に対する問題提起をするだけで平和を脅かす行為だと責めたて、他方は民族和解や朝鮮半島の究極的統合に対するビジョンも、関心もなしに相手を親北と罵倒する傾向があった」と述べ、「今日はもう一歩前進しうるほど進歩陣営や社会全体が成熟した」と強調した。

 白教授は、「北の三代世襲を批判する時、どんな基準を適応するのか、検討してみるべき」だとし、「経済権力の世襲はかまわないが、政治権力の世襲はダメだという“韓国式標準”を適応するのか、そうではなく“グローバル・スタンダード”を適応すれば、権座の世襲は無条件にダメだという世界標準があるのか、問わなければならない」と語った。

 彼はまた、「世界標準は民主主義とか、人権、生存権などであり、世襲問題はその標準を適用して判断すべき一つの事例だと考える」と述べ、「しかし、分断体制が解消されないので韓国が自由で民主的な社会を建設するにも限界があり、北が正常な社会主義国家になるのはそれ以上に不可能だ、というのが私の持論であり、北の世襲体制が世界標準に反するのは当然だと思う」と主張した。

 次いで彼は、「同時に、それを突然気がついたように騒ぎ立てることにも共感しがたい」とつけ加えた。

 北の人権問題についても、彼は「北の人権問題の解決策として、北の現体制を早く打倒するのが最善と主張する方々がいるが、韓国とアメリカが倒れろといっても倒れないだろうし、倒れたとしても人権状況が自動的によくなるものでもない」と語った。

 彼は「一方で、とにかく北を助けて交流するならば、中国やベトナムのように改革・開放に進むだろうと期待するのも安易だ」と述べ、「解法は6・15共同宣言の中にある」と強調した。彼は、「恒久的な分断状態に留まりながら交流・協力するのでもなく、すぐに統一するのでもない、国家連合という中間段階を経ながら漸進的に再統合し、それに見合った内部変化を進めようというの」が、「たやすくはないが、北の人権改善の最も確実な道」だと主張した。

 2012年総選挙と大統領選挙における野党系の連帯について、彼は「一応あらゆる討論をするが、自分と他人の立場を不当に誹謗することは避けねばならない」と述べ、「来年の初め頃に、大筋がつかめればと思う」と語った。

 彼はまた、「韓国の民主改革勢力が執権する時はDJP連合、ノ・ムヒョン―鄭夢準連合など、いつも連合した」と述べ、「だが、市民社会が関与した連合政治が多少とも実現したのは今年6月の統一地方選挙が初めてであり、2012年には市民社会の力がもっと別の水準に至るはず」だと展望している。


<『京郷新聞』インタビュー記事の補充>

問:去る6月2日の統一地方選挙を契機に、与野党を問わず福祉関連の論議が広がりましたが、福祉国家が進歩派にとっての対案になりうるでしょうか。

答:福祉関連の論議が全面化されたのは歴史的に一歩前進ですが、進歩派にとって対案になるかどうかは簡単ではありません。与党候補が福祉はやらないと言い、進歩派の側でしようと言うなら話は簡単ですが、(与党の有力候補である)朴槿恵氏も福祉国家に向かおうと言っているので、福祉をより全面的に行おうという側が必ず勝てるかは疑問です。福祉を主張する進歩的な人々は、大抵南北関係の発展いかんが韓国社会の福祉と直結しているという認識が足りません。福祉を行おうとすれば財源が必要であり、推進する動力がなければなりません。このいずれもが、南北関係がうまくいってこそ可能です。さらに、福祉社会の建設とは、福祉の実現にその受恵者である市民の能動的な参加を拡大させる民主主義のアジェンダが伴わなければ、“建設族”に続いて“福祉族”を量産する憂慮があります。