韓国の知性、新しい時代を語る

韓国の知性、新しい時代を語る第2回


韓国の知性、新しい時代を語る 第2回

 今回は、白楽晴さんが2007年の6月抗争20周年にあたって発表した「変革と中道を再考すべき時」を翻訳し、紹介する。この文章の発表当時は大統領選挙を半年後に控え、李明博に代表される保守勢力が政権を奪還する可能性が高まる中、彼はこの文章で、分断体制からの脱却を志向する広範な勢力の結集を呼びかけている。彼はその立場を、この時期に前後して「変革的中道主義」と定式化するが、今年6月の韓国統一地方選において、この立場に近い連合戦線が野党四党および市民団体により結成され、画期的な成果を収めている。その意味では、この文章の主張は3年後の今日、ようやくその真価が問われる段階に達したといえる。

 ところで、韓国における「中道主義」にはそれなりの歴史的変遷があるが、とりあえず南北分断の契機になった1945年解放後の左右対立、そして朝鮮戦争後の南北政権の対立(分断体制)の狭間で抹殺された様々な中間的立場に近い、と私は理解する。ただ、その変遷過程は極めて複雑であり、それ自体が十分な研究対象であるため、現時点では詳しく言及することができない。

 また、日本で「中道主義」といえば、以前は自民党と社会党の中間、あるいは保守と革新の中間、現在は自民党と民主党の中間、あるいは自民党と共産党の中間ということで、例えば公明党などをイメージしやすい。そのため、「変革的中道主義」という概念の理解は極めて難しく、個人的見解としては「変革的リベラリズム」もしくは「南北分断体制の克服を志向する立場」という程度の理解にとどまっており、今後の検討課題である。
(翻訳者・青柳純一)



               変革と中道を再考すべき時
                  ――韓国社会の未来論争にあたり
2010年8月15日

 1987年6月民主抗争(以下、6月抗争)は、一言でいえば、韓国社会の成功した市民革命だった。もちろんその成果には限界があり、これに対する真摯な検討は必要である。しかし、6月抗争は4・19革命(1960年)を皮切りに釜馬抗争(1979年10月)、光州民主抗争(1980年5月)へと続いた韓国の独裁打倒運動が、ついに確かな実を結んだ画期的な出来事だった。全国的な民衆参加の規模でも4・19を凌駕し、何よりも5・16や5・17のような軍事独裁へと反転しない「民主化20年」の新たな歴史を出発させた意味は大きい。

 6月抗争、またはその結果として成立したいわゆる(19)87年体制の限界が何であれ、この基本的事実に対する認識と自負、そしてこれに由来する使命感を無にしてはならない。ところが、この6月抗争を貶める態度は進歩を自任する人々の間で、むしろよく見かける。手続上の民主主義と実質的民主主義を機械的に区分し、1987年以後前者が達成されただけで後者はむしろ後退し、6・29宣言という欺瞞的な術策のために、ほぼ掌中にした民衆の勝利を逸してしまったという類いの主張である。

 他方、6月抗争にもう少し積極的な意味付けをする場合でも、87年体制の進歩性は97年IMF(国際通貨基金)金融危機によって消滅し、今日は新自由主義による民衆弾圧が主流の「97年体制」に該当するという解釈もある。

 こうした主張がそれぞれ一面の真実を表しており、87年体制の限界は厳然と存在する。また、この体制が20年を経た今日も順調に進行していると信じる人はほとんどいない。何か再度の突破口を経て、次の段階へと跳躍させる必要を多くの人が切実に感じているのだ。

 要は、87年体制の成果と失敗をより正確に、総合的に把握する道を見つける

ことである。文頭で私は、6月抗争を韓国社会の成功した市民革命と規定したが、この時「韓国社会」が分断国家であることによる特性と限界に対する認識が伴われるべきだと思う。この点は、文字通りの全国的抗争だった3・1運動(1919年)と比較すれば、すぐに実感できるだろう。

 したがって、6月抗争が1953年休戦協定後に本格化した朝鮮半島の分断体制を揺るがしはじめたのは事実だが、87年体制は53年体制と交代したというより、その大枠の中での新段階を開いただけだという限界を直視すべきである。この事実を指摘するのは、万事を分断のせいにする「分断還元論」でもなく、統一さえしたらすべての問題が解決されるという「統一至上主義」でもない。資本主義世界体制の新自由主義的局面というグローバル次元の現実を勘案するのはもちろんである。また、統一という朝鮮半島的課題も、南における6月抗争と87年体制が達成した成果を踏み固め、その問題点は問題点なりに着実に解いていく過程と結合してこそ解決できるし、分断体制の克服という内容を具備しうる点を、特に強調したいと思う。

 こうした意味での朝鮮半島的視角は、韓国社会の分析において必須的条件であるにもかかわらず、わが学界の論議では案外見落とされてきた。そのせいか、「先進化」を強調する人々は、南北対決が持続する状況でも韓国だけの先進化が可能という幻想に浸り、南北の和解・協力をムダな親北行為と罵倒する傾向がある。また、「平和」や「平等」を掲げる進歩勢力の一角では、南北の再統合過程を賢く推進し、管理しなくても朝鮮半島には平和が可能であり、両極化の解消が可能であるなど、様々な非現実的な主張と単純論理を噴出させている。ひどい場合は、分断国家韓国に正常な政党政治がすでに確立されたかのように考え、与党が過ちを犯したので野党が執権するのは当然だという「原則論」を主張したりする。

 本当に重要なことは、先進化、平和、民主主義と平等のような、いずれも貴重な価値を、分断された朝鮮半島の現実の中に具現することではなかろうか。そのためには、南北を問わずこれらの目標の実現にとって決定的な制約となる分断体制を「変革」するという目的意識を堅持しながら、分断体制の実像とはかけ離れた単純論理によって分裂している各勢力が新たに力を結集し、真の「中道」をめざす必要がある。こうした意味での「変革的中道主義」は、得票戦略を重視した政界の「中道統合」論と区別されるのはもちろんである。同時に、分断体制の変革作業を抜かしたまま、直ちに世界体制を変えて市場論理を克服することを夢見る急進路線とは異なるし、南北それぞれの内部的変化と改革を怠ったまま一挙に統一国家を建設しようとする立場とも異なる。

 ところで、2007年韓国政治は、この間53年体制に安住しながら87年体制に唯一不満を抱き、今年の大統領選挙を通じて「先進化」体制を新たに成立させようとする勢力が、急進勢力や穏健勢力よりも優勢な実情である。彼らが選挙に勝つとしても、(一部の強硬論者が豪語するように)この10年間の改革の成果を完全に覆すとか、6・15共同宣言を廃棄するだろう、とは心配していない。それより、87年体制を克服するどころか、その残った命を延長させ、南々葛藤と南北対決をますます煽る危険が大きいと思う。

 真の「進歩論争」というなら、まさにこうした現実的危機から出発し、その原因を探り出して対応策を思案すべきである。ところが、初めから政権の失敗か、改革勢力の失敗かと詰問調で問いただすのは、誰を喜ばす論争なのか、わからない。

 最後に、「変革」と「中道」というしばしば衝突する概念の結合が可能なのは、私たちが朝鮮半島式統一という、特有の歴史のど真ん中に位置しているからである。南北は6・15共同宣言を通じ、従来のどんな分断国家も行いえなかった平和的であると同時に、漸進的で段階的な統合の道に合意している状態である。それゆえ、この合意の実践に両極端を排除した広範な勢力が結集する場合、戦争や革命ではなしに、漸進的な改革の累積が本当の変革へと続く道が可能になるだろう。6月抗争の20周年にあたる韓国社会に、こうした改革と変革のための大統合が実現されることを期待する。