韓国の知性、新しい時代を語る

韓国の知性、新しい時代を語る


「韓国の知性、新しい時代を語る」をはじめるにあたって
2010年8月1日
 本Webに新しいページ「韓国の知性、新しい時代を語る」を設けることになりました。

 この新企画は、ご夫妻でコリア文庫を主宰されるとともに、韓国の政治、社会、文化、思想にわたる数多くの翻訳を手がけてこられた青柳純一氏のご尽力で実現したもので、韓国を代表する知識人、白 楽晴氏をはじめ、現代韓国の良心ともいえる知識人の論考を紹介、掲載するものです。

 冷戦構造と分断を残す北東アジアにあって、現状を見つめ、国をこえて平和で豊かに暮らすことのできる北東アジアの未来をひらくために考え続けている私どもにとっては、願ってもないことであり、かつ、時宜にかなった非常に意義深いページを開設できることになったと喜んでいます。

 白 楽晴氏ならびに青柳純一氏にこころからのお礼を申し上げたいと思います。

 1966年創刊の韓国の『創作と批評』は当代きっての韓国の知性を代表する総合誌であるとともに、時代と世界に対する鋭い問題意識に貫かれた論考は韓国の心ある人々の強い支持を集めています。

 そこで論じられるテーマと分析、論考を知り、問題意識を共有することは、これからの北東アジアを考え、構想する上できわめて貴重な示唆となると確信します。

 青柳氏の翻訳によって寄せられる折々の論考にぜひ注目し、深くお読みいただければと念じます。

 なおこのページの開設と白 楽晴氏をはじめとする方々の論稿の掲載に当たっての青柳氏の「解題」を以下に掲げます。


『韓国の知性、新しい時代を語る』開設にあたり
                                                             青柳 純一

 韓国の代表的総合誌『創作と批評』の編集陣が執筆する「チャンビ週刊論評」に掲載された論稿を抜粋・翻訳して日本に紹介することを、白楽晴さんと白永瑞さんに承諾していただき、21世紀社会動態研究所を主宰する木村さんと相談の結果、Web上に新たなページが設けられることになった。そのタイトルを決めるにあたって『チャンビ週刊論評』も考えたが、現代日本の社会状況と翻訳者の関心によって抜粋した論稿、特に白楽晴さんを中心に取り上げるため、『韓国の知性、新しい時代を語る』とした。本欄開設にあたり、白楽晴さんをはじめとする「チャンビ(創批)」の方々に心から深い感謝の意を表したい。


ところで、その主張は日本の植民地から解放された後の歴史と分断体制下の現実から生まれたものとはいえ(だからこそ)、今後の日本に大きな影響を及ぼすと予感される。特に、白楽晴さんが提唱する「変革的中道主義」というキーワードは今日の日本では耳慣れないが、その内容を深く吟味すべき時代がすでに日本にも訪れている、と私は信じる。その時代とは、2000年6月南北共同宣言を起点にした「6・15時代」(本論を参照)であるが、残念ながら、ほとんどの日本人はこの時代がもつ意味を全く理解していないようだ。そうした現状への批判をこめて「新しい時代を語る」としたが、多くの方々からご批判を含めて、ご意見をお寄せいただければと願っている。そして、そこから日本における「変革的中道主義」の可能性を、ともに探っていきたいと思う。


 なお、朝鮮半島における南北対立の状況を「分断体制」と規定した白楽晴さんの論著は、邦訳でも1990年代以来『白楽晴評論集1・2』(同時代社、1995年)、『朝鮮半島統一論――揺らぐ分断体制』(クレイン、2001年)など多数あるが、数年前から「分断体制」論を踏まえて「変革的中道主義」を提唱している。論者紹介を含め、その詳細は拙訳書『朝鮮半島の平和と統一』(岩波書店、2008年)を参照していただきたい。また最近の邦訳稿として、『世界』2010年5月号の論文「『東アジア共同体』と朝鮮半島、そして日韓連帯」と、同8月号のインタビュー「『天安』艦事件の真相究明は、民主主義の回復と南北関係改善の決定的な環である」がある。





白 楽晴氏のプロフィール

1938年生まれ。米国ブラウン大学、ハーバード大学で学ぶ。
帰国後再渡米、ハーバード大学で文学博士(英文学:D.Hロレンスの研究)。
1966年「創作と批評」を創刊、以来編集・発行人として言論活動、独裁政権に対する
文化的抵抗の拠点を構築。一方でソウル大学教授を務める。
2005年には「6・15共同宣言実践」南側委員会常任代表。現在は名誉代表。
ソウル大学名誉教授。
 『創作と批評』より


6・15南側委員会による6・15共同宣言10周年記念の辞
6・15時代は継続する
白 楽晴
                
 6・15南北共同宣言の10周年にあたり、北や海外の同胞とともに民族の共同行事を行うことができず、南側委員会だけでこの記念式を挙行するのは残念でなりません。しかも南北交流がほぼ全面的に断絶した事態にあり、残念というより痛嘆の念を禁じえません。さらに、6・15南北共同宣言を長い間無視し、嫌悪してきた現政権が最近ついに交流断絶宣言まで発したことで、こうした事態に至ったという点で痛嘆の念とともに怒りさえ感じます。

 しかし皆さん、結論から申し上げれば、6・15時代は依然続いています。6・15共同宣言が民族の章典であり、朝鮮半島の平和の礎として歴史の道に残されたという、そういう漠然とした話ではありません。「6・15時代」という場合、私は具体的に2000年6月の南北共同宣言によって始まり、あまり遠くない将来に南北が国家連合を宣布することで第1段階の統一が達成される時点までの、特定の時間帯を念頭においています。そうした6・15時代は今まさに進行中なのです。現時点は次の時代の黎明を前にし、暗闇が最も深まる時期です。しかし、一度陽が昇りはじめれば明るい日差しが瞬時に国全体を覆うのです。

 人間は試練を経験してこそその本領が発揮されるように、6・15共同宣言の真価も6・15宣言に対する破壊作用が極に達した時に光を発します。「天安」艦事件の合同調査団の発表についで、5月24日李明博大統領が戦争記念館で発表した特別談話は、6・15宣言はもちろん1988年盧泰愚大統領の七・七宣言以来20年以上進められてきた、南北和解のあらゆる措置を一挙に覆す内容でした。同時に、いわゆる「北風」を起こして6・2統一地方選挙で民主・平和勢力に壊滅的打撃を与え、分断体制の既得権勢力の優位を永久化させる試みでした。

 しかし、民心による判決はいかなるものでしたか。有権者は「北風」に揺らぐことなく当然審判すべき政権を審判し、独裁ではなく民主を、戦争ではなく平和を選択しました。実は、すでに選挙前大統領自らが「戦争辞さず論」から後ずさりしはじめました。民心には鈍感な政権ですが、戦争の危険が経済危機を悪化させる兆しの前では身を縮めざるをえませんでした。

 それはこの10年間、経済を含めた韓国の国民生活が6・15共同宣言によってもたらされた平和と南北協力を基盤にして営まれてきたことを物語っています。この大統領談話直後の交流中断措置が開城工業団地を例外とせざるをえなかった事情もそうです。また今回の地方選挙で、いわゆる「接敵地域」でむしろ野党の進出が際立っていたのは、何を意味するでしょうか。そうした地域であるほど、6・15時代が深く浸透していたのです。実は、6・15時代以前の対決状態では大韓民国の全域が一種の接敵地域でした。そうした中で6・15共同宣言と様々な後続措置を通じ、私たちは朝鮮半島に平和定着の第一歩を踏み出し、そのおかげで民主化と経済発展を続けることができました。6・15共同宣言が当然視された時期には、そのありがたみがわからなかったのです。

 6・15時代は粘り強く持続すると、私が確信する理由がこの点にあります。朝鮮半島を対決の時代へ引き戻そうとする最近の動きは、何ともお粗末な根拠によって始まっています。北が非核化したなら南北交流をしようというのは、たとえ傲慢で現実性もない強情だとしても、少なくとも北が核武装しているという確実な事実を根拠にしていました。ところが、今回の大統領談話の根拠になった「天安」艦事件の魚雷被弾説を、私たちはどれほど信じられるでしょうか。韓国の主な貿易対象国で同伴関係を自慢する国々の政府をはじめ、国内外の専門家と良識ある市民の間で、合同調査団の発表に疑問を提起する人々が、これほど多いのはなぜでしょうか。

 合同調査団の発表に対して提起された疑問点を、ここで列挙するつもりはありません。ほとんどの関連情報と証拠物が公開されていない状態で、「天安」艦沈没の正確な原因究明は、外部の誰であれ、不可能です。万一すべてが公開されたとしても、私自身には明確な判定を下せる専門性はありません。ただ理性ある一人の人間として、そして韓国語の読解に精魂をこめてきた文学評論家として、当局の発表に信頼がおけないのはどうしようもない事実です。そして、こうした手抜き報告――それも政府自らが中間発表に過ぎないと公言する報告――に基づき、南北間のすべての合意を覆して北に対する敵対行為を辞さない、という方針に異議を提起せざるをえません。これは進歩と保守を問わず、理性と常識を尊重する人間の基本的義務であり、教養なのです。

 数日前の監査院による監査結果の発表も、同じ基準で見なければなりません。政府の発表と合同調査団の発表に不満が高まる状況で、軍当局の怠慢と虚偽を指弾して相当数の将軍の懲戒を要求した措置が一種のカタルシスを提供しています。しかし、本質はどこまでも合同調査団の発表内容の真実性の是非です。実物証拠や状況証拠にあれほどそぐわない発表がどうしてなされたのか、万一発表がでっち上げならば、誰がどうしてそういう極めて悪質な行為を犯したのか、監査すべきです。事故の時刻に最高位の将軍がどれほど泥酔していたか、は副次的な問題です。もし泥酔していたのが事実だとしても、当事者への適度な懲戒措置をとればすむことです。

 合同調査団の中間発表が真実であるという大前提に立って監査が進行しているので、監査院の発表は新たな疑惑を生まざるをえません。例えば、当時北側に特異な動きがあったのにないという報告書をでっち上げたといいますが、それなら特異な動きがなかったと発表した米軍当局も監査すべきではないでしょうか。魚雷被弾の事実を国防相は4月4日になって知ったのに、大統領がいつ知ったのかはよくわからない、と監査院長は国会で陳述していますが、こうした手抜き監査をした監査院は一体誰が監査すべきでしょうか。

 監査院の発表についても、提起された疑問点をここですべてとりあげるつもりはありません。重ねて申し上げれば、私自身は基本的な常識と韓国語の若干の読解力以外には、何の専門性もない一人の市民としてお話しています。しかし、この席でこうした問題提起をするのは、6・15時代が私たちの生活の一部として体質化した結果、今は極めて無理な手を打たなければ6・15精神を破壊することはできない、という自負を私たちがもつべきだと思うからです。

 ともあれ、危機に瀕している6・15精神を守り抜き、6・15時代の順調な流れを復元させる任務は、第一に私たち南側の国民にあります。今こそ南の市民社会が朝鮮半島問題を解決する「第三の当事者」だという明確な自己認識をもって南北双方の政府当局に隷属することを拒否し、南側の市民として韓国政府の行動形態を変えていくことに力を傾注すべき時です。


 この過程において6・15共同宣言実践南側委員会は、一面では民族共同委員会の一員という独自の位相と、他面では南側の非政府団体という不可避な限界も合わせもつ特異な存在です。現在は今回の大統領談話の直接的被害者の一人として、6・15共同宣言10周年記念の共同行事すら開催できないほど多くの困難に直面しています。しかし、今日の現実と私たち自身の立つ位置を冷静に直視しながら、6・15共同宣言を実践するための情熱と英知を結集するならば、6・15時代のやりがいに満ちた成果が遠からず得られると確信しています