小島正憲の凝視中国

暴動情報検証 :2010年3月


暴動情報検証 :2010年3月
23.APR.10
 3月は多様な暴動が起きた。

 中でも、「ネズミ講」暴動は注目に値する。残念ながらまだ現地検証ができていないので、検証後、これらをまとめて5月中旬に情報を送信する予定である。
 1〜4は検証済み。5〜8は未検証情報。暴動評価基準は文末に掲示。


1.3/07〜08、広東省陸豊市碣石鎮で、隣村同士が衝突。  暴動レベル1。

・マスコミ情報 : 3/07、陸豊市碣石鎮のある村の住民200人ほどが鉄パイプや手製の爆弾、銃などを持ち、隣村を襲撃し、民家を破壊した。襲われた村の住民28人が負傷、その他は安全場所に避難。3/08に警察が出動して事態を収束させた。両村の間では、以前から道路をめぐる権益の対立が続いていた。

 

  旧道をはさんで、右:梅田村 左:港口村 

・実情 : 3/07の夕方7時ごろ、陸豊市碣石鎮の港口村の住民数人が、漁場から帰宅する途中の隣村の梅田村の主婦をからかい、暴力を振るった。梅田村の住民がそれに抗議していると、港口村の住民200人ほどが銃や手製の手榴弾を持って襲い掛かった。梅田村の住民が20人以上負傷し、あとの住民は安全な場所まで避難した。港口村の住民は梅田村の住民の家屋の窓ガラスや門、戸などを破壊した。3/08早朝、梅田村の住民は花火や爆竹などを持ち、港口村に投げつけ、反撃した。午後に公安部隊が現場に出動し、事態を静圧した。

 

    破壊された梅田村住宅の内部 

・騒動の原因 : かつて港口村と梅田村は道路を隔てて隣接していた。その道路は梅田村の所有であったが、港口村の横を長く通っているので、そこを通る梅田村の住民をいつも港口村の住民が妨害していた。困り果てた梅田村の住民は2008年11月に港口村の側を通らないで、梅田村に入る新道を作った。その後、梅田村の住民は通らなくなった旧道を1/3ほどに狭くして、残りの場所を農地などに有効活用しようとしていた。しかし港口村の住民はまだその道路を利用していたので、梅田村の住民のその計画を潰そうとしていた。そのような隣村同士の長年のいさかいの結果、今回の騒動が起きた。

 

     梅田村新道口にて 

・事後 : 3/19の時点では、両村に公安などの車両の姿はなく、ひとまず沈静化している模様。ただし破壊された家屋などの賠償の話はいっさいなく、梅田村の住民は悲憤慷慨している。                   ◎陸豊市碣石鎮へは、広州からバスで5時間ほどかかった。地図で見るとかなり田舎である。しかしここには玄武山元山寺という有名な寺院があり、年間100万人ほどの観光客が訪れるという名所であった。

なおこの寺院(道観?)には、仏教と道教が同居しており、主殿には道教の北極真武元天帝の真前に釈迦牟尼が鎮座するというおもしろい光景を見ることができる。多くの参拝客はそこで道教の神と仏教の仏に、同時に神妙に頭を何度も下げている。それを見ていると、この人たちはいったい誰を信じているのだろうかと、つい私は不思議に思ってしまう。建物内には道教の神々や釈迦牟尼、観世音、弥勒などの仏像も安置されている。ここは南宋の建炎元年に道教の道観として開かれ、明の萬暦帝の時代に仏教がここに同居するようになったという。

◎この境内に、碣石革命歴史陳列館があり、それを見て回っていると、この地が革命の聖地であったことがよくわかり、そのような血の気の多い人たちの末裔が多い場所であることがよくわかった。 

2.3/11、四川省眉山市五経路の眉山第一中学で高校生が騒動。  暴動レベル0。

・マスコミ報道 : 3/11、眉山市五経路の眉山第一中学の高校生約4000人がいっせいに授業放棄。全員が5階建ての校舎の通路に出て、階下に本や椅子、弁当などを投げ捨てるなどの乱暴をはたらいた。高校生たちは、市政府から学校側に「土・日は休校にせよ」という通達があるににもかかわらず、学校側が土・日も登校し勉強するように強制したため、それに反抗したもの。授業は有料であるが、高校生たちの間にはそのことよりも自由時間が欲しいとの声が大きかったという。同日、同市百坡路一段の眉山中学でも小規模の同様の騒動が起きた。

 

         騒動当日の様子 

・実情 : 学校側は父兄らの要求に応えて、少しでも生徒たちの成績を上げようとして、土・日も勉強をさせようとした。また教師たちも手当が出るため、積極的に授業を行おうとした。市政府側は過当教育を心配して、土・日の授業禁止の通達を出した。しかしそれらの詰め込み授業に、一部の高校生が自由時間を求めて反抗し、他の大多数の高校生が引きずられた模様。騒動後、学校側は土・日を教室での自習形式に切り替え、その自習も申請方式を採用している。もちろん自宅や寮での自習も可能であるが、その場合は父兄の許可を必要とするようにしているという。

     

        4月初旬の様子                         同じく4月初旬

私が4月に入って眉山第一中学を訪ねたとき、学校は平静を取り戻しており、多くの高校生たちは一生懸命勉強していた。この事件は中国の一人っ子をめぐる教育の過熱状態が、四川省の片田舎の一都市にまで及んでいるということを示している。また高校生といえどもフラストレーションが高じ、それに火がつくと理性で制御できない大きな騒動に広がる可能性があるということを証明している。

3.3/16、広西壮族自治区百色市で、タクシースト。  暴動レベル0。

・マスコミ情報 : 3/16、百色市のタクシー500台余が、いっせいにストライキ。街中からタクシーの姿が消えた。タクシー運転手たちは、市政府が2月中旬に新しく35台のタクシーの営業を認可したことに抗議。なお市政府はタクシー運転手たちに、ガソリン代の補助金を支給すると約束していたものの、すでに半年間未払いとなっていたので、その即時支給を要求。また街中に無許可の車が多く、タクシーの営業を妨害しているので、その取締りの強化を要求。

・実情 : 3/16から3日間、百色市のほぼ全部のタクシーがストライキを決行。要求項目は、新入タクシーの許可反対、ガソリン代補助金の即時支給、闇車の取り締まり強化。タクシー運転手たちは、1か月間、一生懸命働いても給与は1000元程度であり、生活に困窮しているという。ストライキ後も市政府からのガソリン代補助金の支給(4/19現在)もなく、闇車の取り締まりも強化されていない。ストは3日間で中止。タクシー運転手たちの話では、大部分がタクシー会社から、1日100元で車を借用し営業しているため、ストライキの続行は不可能だったという。なお、このストライキがどのように組織されたかについてかなり聞いて回ったが、どの運転手も口が堅く、結局、わからなかった。また、闇車というのは闇タクシーではなくて、闇三輪車のことであった。本来、百色市では三輪車やオートバイの営業運転は禁止されているが、市政府は身体不自由者に限って、三輪車の営業を許可し、登録ナンバーを与えている。ところがそれを健常者が借り受け、勝手に営業をしている。もちろん税金などを納めていないため、タクシーに比べて値段が1/4ほどであり、それがタクシーの営業を圧迫している現状である。

◎百色市は、ケ小平が革命を指導した場所であり、市全体を見渡せる丘の上に立派な記念館があり、大きな銅像が建てられている。百色市はベトナムと国境を接しており、町並みもフランス風であり、その一角に「第7軍政治部旧址」が保存されている。また「中国工農紅軍第7軍部旧址」も整えられている。

 

1929年12月11日、ケ小平と張雲に率いられた工農紅軍は、百色の地で蜂起し、右江ソビエト政権を樹立、同時に第7軍を設立した。

◎先日、深セン・東莞地域のニュースで、広西壮族自治区経由で、ベトナム人労働者が流れ込んでいると取り上げられていたので、百色市内にそれらしき様子はないかと探ってみたが、広西の少数民族とベトナム人を見分けることは困難だった。なお、ここでも求人広告が多く、人手不足状態であった。

4.3/26夕、雲南省昆明市五華区紅雲路北倉村自由市場で、販売者と警察が衝突。  暴動レベル1。

・マスコミ情報 : 3/26夕8時ごろ、昆明市五華区紅雲路北倉村自由市場で、昆明市総合行政執法局五華分局紅雲中隊の管理員が市場を見回っていったところ、無許可で営業をしている60歳ぐらいの女性をみつけた。指導をしようとしたところ、女性が逃げようとしたので、揉み合っているうちに女性が倒れた。現場付近でそれを見ていた人たちが、「管理員が女性を殺した」との噂を流したので、すぐに現場に500人ほどが集まり、騒然とした雰囲気になった。警察がただちに出動し鎮圧しようとしたが、群集はレンガや石を警察に投げつけ、9台の警察車両をひっくり返し、3台を燃やした。管理員9人と警察4人が負傷し容疑者40人が拘束された。武警が出動し27日の2時ごろ収束。

 

・実情 : 北倉村は昆明市の北部にあたり、新築マンションと旧来の住宅が混在している地域。たしかに3/26に、この場所で騒動が起きたということだったが、4/20の時点では、事件のあった自由市場はすべて取り壊され、100mほど離れた地点に小さな臨時市場が開かれていた。元の場所に、新しく市場が作られるようだが、管理はいちだんと厳しくなるようだ。

5.3/25、陝西省渭南市高新区崇業弁王賀村で「ネズミ講」調査に関連して、村民が警察と対立。
                                                    暴動レベル0。

・マスコミ報道 : 3/25夜8時ごろ、渭南市高新区崇業弁王賀村の共産党書記ら3人が、村民の「ネズミ講」調査のため村民の家を訪ねたところ、逆に村民に殴られ重傷を負い、家の中に監禁されてしまった。ただちに武装警察や消防隊300人余が出動し救出に当たったが、村民70人余がレンガを投げつけるなどして反抗したので、成功しなかった。5時間ほどたって、やっと村民の「ネズミ講」関連者が降伏。村民26人が警察に連行された。

6.3/27、広東省広州市白雲区石井慶豊広場五街で、警察が「ネズミ講」摘発時に住民と衝突。
                                                    暴動レベル0。

・マスコミ情報 : 3/27、広州市白雲区石井慶豊広場五街12号ビルで警察が「ネズミ講」を摘発中に、住民らが抵抗。双方の多数が負傷。

※なお、暴動ではないが、香港を拠点とする「インターネット電話関連商品のネズミ講」が急拡大し、大陸で約60万人が会員に取り込まれ、被害総額は20億元に及んでいるという。

昨年12月には、黒竜江省鶴崗市で、年利20〜30%をうたい文句にした投資会社(約170社)が市民から巨額の資金を集め、不動産に投資したが失敗。約100億元が焦げ付き、市民に自殺者が続出したという。

なお「安利」も全中国を制覇する勢いで拡大中である。「安利」については次月で紹介する予定。

7. 3/28、広東省広州市黄埔区ジョ崗村の村民が墓維持のためデモ。  暴動レベル0。

・マスコミ情報 : 3/28、広州市黄埔区?崗村の村民300人余が、天河区と黄埔区の境にある先祖伝来の墓地を乱開発から守るためデモ。警察が警戒に当たった。

8.3/29、広東省江門市鶴山沙坪鎮の木綿崗村と宵卿村の住民100人余が、化学工場に抗議。
                                                     暴動レベル0。

・マスコミ情報 : 3/28午後2時ごろ、江門市鶴山沙坪鎮の鶴山能達化学工場が突然爆発事故。その後周辺に異臭が立ち込め、住民が呼吸困難に。鶴山市木綿崗村と宵卿村の住民100人余が、鶴山能達化学工場の出入り口で座り込み。



≪私の暴動評価基準≫

暴動レベル0 : 抗議行動のみ 破壊なし

暴動レベル1 : 破壊活動を含む抗議行動 100人以下(野次馬を除く) 破壊対象は政府関係のみ

暴動レベル2 : 破壊活動を含む抗議行動 100人以上(野次馬を除く) 破壊対象は政府関係のみ 

暴動レベル3 : 破壊活動を含む抗議行動 一般商店への略奪暴行を含む  

暴動レベル4 : 偶発的殺人を伴った破壊活動

暴動レベル5 : テロなど計画的殺人および大量破壊活動