寺島実郎氏が語る 2010年の世界と日本

寺島実郎氏が語る 2010年の世界と日本


JFNオンザウエイ・ジャーナル『月刊寺島実郎の世界』2010年1月16日放送から

 一昨年(2008年)4月から、全国のFM局のネットワークで放送されているJFN(JAPAN FM NETWORK) 制作の番組、オンザウエイ・ジャーナル「月刊寺島実郎の世界」で聞き手をつとめていることはすでに書いたとおりです。
 この番組は、いま日本が誇る知識人であり言論人でもある、財団法人日本総合研究所会長、三井物産 戦略研究所会長で多摩大学学長の寺島実郎氏が、世界と時代についてビビッドかつ縦横に語るトーク番組です。
 私はNHKで仕事をしていた時ラジオについて、「語るメディアとしてのラジオ」と言い続けてきたのですが、この「月刊寺島実郎の世界」はまさにそうした深いメッセージをじっくりと語りかける番組として、全国の多くのリスナーのみなさんから信頼と支持を得ています。
 いま世界は「ポストクライシス」、危機後の世界ということばで語られます。
 世界を駆け巡った金融危機以降の世界経済は最悪期を脱したと言われますが依然として多くのリスク要因をはらんでいることが指摘されます。
 目を国内に転じると、昨年の政権交代以来、変化と「ゆらぎ」の中で、普天間問題をはじめ日米同盟のあり方が深く問われ新しい年、2010年を迎えました。
 この時代の大きな転換点にある日本、あるいは過渡期の世界はどこへ行くのか、そこで私たちは何を見ておくべきなのか。
 昨年に引き続き今年も、年初の番組から、寺島さんとJFNのご理解を得て、その内容をここに掲載することにしました。
 Webサイトへの掲載に格別のご理解をいただいた寺島実郎さんならびにJFNに深く感謝申し上げます。

 なお、番組の放送日時は首都圏とそれ以外の全国各道府県で異なります。
 以下に「月刊寺島実郎の世界」のWebサイトへのリンクを記します。
 これまでの放送内容などもアーカイブされていますのでご参照ください。




2010年・世界は・・・


木村: きょうは2010年になって初の放送となります。21世紀に入って10年となり、私たちはいまどのようなところに立っているのでしょうか。明るい気持ちになれないまま、なんとなく重圧感がある新しい年を迎えた人も多いと思います。そこで、寺島さんに私たちが新しい年に世界と日本をどのようにみていくべきなのかということをうかがいます。

寺島: 私は新年にあたって、敢えて、明るい展望を語るという意味ではありませんが、日本人が必要以上に悲観的になっていることが少し気になっています。

 私は昨年12月の上旬にはアメリカに行き、年末のぎりぎりまでシンガポールに行っていたのですが、日本だけがなにやら必要以上に暗いと感じました。これはどのような意味かというと、「除く日本」で、日本は2008年、2009年と2年連続マイナス成長の時代を過ごし、2008年は前年比マイナス実質0.7%で、2009年に至ってはおそらくマイナス5.3%くらいでマイナス成長の中をあえぐ日本の姿が見えるために、我々は兎角、グルーミーになってしまうのです。

しかし、世界経済をじっとみてみると、必ずしも悲観的なことばかりではありません。たしかに、2009年の世界全体の実質GDPはマイナス2.2%くらいだったであろうと言われています。アメリカがマイナス2.5%で日本が先程申し上げたようにマイナス5.3%ですが、例えば、BRICsと呼ばれる中でも二極分化が起こっていて、中国はプラス8.5%、インドはプラス6.6%で中国とインドが物凄くスピードを上げて経済を拡大しています。

世界のエコノミストの平均的な予測値を発表している機関で「コンセンサス」というところがありますが、世界中のエコノミストの平均的な予測値として2010年についてプラス2.9%の成長予測が出てきています。つまり、世界全体でいうと昨年はマイナス2.2%だったけれども今年はプラス2.9%で、これがおおかたのエコノミストの平均予想値ということです。今年、アメリカはプラス2.7%で中国はプラス9.6%という予測がでています。更に、インドはプラス7.9%で、ほぼ8%成長という予測です。昨年のロシア経済においては、マイナス7.9%のマイナス成長だったのですが、今年はプラス4.1%という数字がでていて、ブラジルもプラス5.1%です。

つまり、BRICsと呼ばれる国々、新興国がぐっとスピードを上げて経済を拡大していくということです。一方、先進国も日本さえプラス1.5%という成長予測がエコノミストの平均的予測値となっています。世界全体がプラス2.9%拡大する予想の中で、日本がプラス1.5%となると少し弱含みですけれども周りを見渡してもらいたいのです。それはどのような意味かというと、世界中が再び成長エンジンをふかし始めているということが現下の世界情勢なのですが、むしろ、私はそれに対して少し懸念があります。それは、「何故そのように世界経済が好調なのだ?」、もしくは、「好調軌道に戻りつつあるのだ」ということですが、分かり易く申し上げると、金融超緩和の流れの中において、またぞろ、マネーゲーム化してきているということです。各国は景気を下支えするために必死の財政出動をして、更に、金融超緩和という状態で、アメリカに至ってはゼロ金利を続けています。

世界のGDPが55兆ドルで金融資産が148兆ドルという2008年の数字がでていました。前年の2007年に世界のGDPは54兆ドルで、金融資産においては2007年に194兆ドルもあり、金融資産が2007年にGDPの3.6倍に膨れ上がっていたのです。そこから、みなさん御存知のサブプライム問題やリーマンショック等が起こり、2008年には148兆ドルまで世界の金融資産を圧縮していたのです。金融資産というのは、株等のあらゆる金融資産です。しかし、昨年、おそらく、世界経済はGDPにおいて54兆ドルくらいまでに2ポイントくらい圧縮したけれども、金融資産は再び、180兆ドルくらいまで戻っただろうと推計されていました。分かり易くいうと、お金がダブついていたために、ここのところにきて例えば石油の価格等でも2007年8月に一時、147ドルという水準だったバーレル価格が、2008年の年末にはなんとバーレル34ドルまで下がった。ニューヨークの石油先物市場の価格がその前年のものが、30ドル台まで落ちていました。それが再び昨年の年末に77.8ドルで年を越しました。したがって、前の年の年末と比べると再び石油価格は倍の価格水準になってきているということになります。その背景にあるものは、あり余っている過剰流動性といわれているお金が、何処に向かうかによって、つまり、金融資産が肥大化したり、株が上がったり、石油価格が上がったりする等というある種の不安含みで,、実は、世界経済は我々が思った以上のスピードによって回復軌道にあるのです。

 したがって、懲りない人々がまたマネーゲームを繰り広げるという可能性があって、「めでたし、めでたし」とはとても言えませんが、そのような中で、日本だけがうずくまっている状況なのです。

まず、番組の冒頭で私が確認しておきたいことがあって、これをどのように捉えるのかによって非常に微妙だけれども、日本を除く世界の国々は、既に相当なスピードで拡大軌道にあるけれども、その背後にある構造は非常に危ういものを抱えていて、またぞろ、一種のインフレ願望のようなもの、マネーゲーム願望のような空気の中に入りつつある世界なのだということがまず、本日確認しておきたいことの1つです。

もう1つは、昨年を振り返って、いま世界がどのようになっているのだろうという時に、途方もなく重要な話題は先月、COP15というコペンハーゲンで開催された環境問題に関するルールづくりの会議があって、誰もが注目をしていたと思います。

 私は「COP15の衝撃」という言葉が非常に適切だと思います。これはみんなあっけにとられて沈黙しているというのがいまの状況で、一体あれは何だったのか説明できる人は世界中何処にもにいないと思うくらい何事も決らなかった会議だったと言ってよいと思います。

 それは一体何だったのかというと、この番組でも何度も申し上げていますが、全員参加型秩序の時代が始まっているということを示したというもので、例えば、日本の立場からいうと、新政権の鳩山首相が前政権よりもはるかに意欲的なCO2削減目標を掲げて、国連において、なんと1990年比で25%CO2削減をすると胸を張って言ったのです。

 それならば、さぞかし日本が積極的に環境問題に取り組んで、見事な国だということで拍手でもおこるのかと思ったら、とんでもない話で、例えば、アフリカの国々等から、むしろ罵詈雑言を浴びせられたような空気がかえってくることになってしまったのです。それは何故かというと、先進国がいかにハッスルして意欲的な数字を掲げて「2020年に向けてCO2削減します」と言ってみても、途上国からみると、自分たちにどれくらいの環境対策のお金が回ってくるのか、はたまた、環境問題に立ち向かっていく技術の移転がなされるのかというところに関心があって、日本がどんなに意欲的な目標を掲げようとも、平たい言葉で申し上げると、「勝手にどうぞ」というもので、「大いにおやりなったら結構ではないのですか?」という話になり、ちっとも拍手がおきません。

 要するに、これは何かというと、国別にCO2の排出目標額を出して、「お前よりは俺のほうがより責任をとるべきだ」という形のルールによって環境問題に対応していこうという方法論の限界が見えてきているということです。本来、国境を越えたはずの、地球全体で立ち向かわなければならない問題に、また国境線の問題の話を持ち返してきて、「途上国も責任をもて」、「専ら先進国が出してきたのだから、先進国が責任をもつべきだ」等、とりわけ、アメリカ、更にそれを揺さぶる中国等の姿を我々は目撃してしまったわけです。更に、中国がいかにアフリカに対して影響力があるのかということも目撃しました。

 分かり易くいうと、「混沌」と言いますか、全員参加型秩序によって全員が声をあげて勝手気ままに自分たちのルールを異種格闘技のような形で叫んでいるような状況に世界がいまあるということを確認したと言ってよいと思います。そのことによって我々は少し冷静になって、考えなければならないことは、この番組でも何度も申し上げましたが、世界は冷戦が終わった直後のソ連崩壊によってアメリカだけが唯一の超大国になっていたわけですが、これからはアメリカが一極で仕切っていくのだという時代ではありませんということだけははっきりしています。いくらアメリカが言っても束ねきれません。いままではG8の8つの先進国によって対外ルールについて合意をすれば世界がついてきていた時代もありましたが、それも期待できません。ついこの間までG20の20カ国がいよいよ世界のルールづくりに参加してきて、先程も話題にしたBRICsの中国やロシアやインド等までが世界の様々なルールに対して発言をし、力をもってきています。

 しかし、そのG20の20カ国ですらルールを仕切りきれていません。アジア、アフリカ等の小さな国々までが自己主張をし始めていて、この混沌としたゲームをどのように仕切るのか、全員参加型の時代のルールをどのようにつくるのかという試練の時期にさしかかっていることを示したものがCOP15の衝撃だったのです。

つまり、日本が1歩も2歩も前に出て、25%削減というような大きな数字をぶちあげることによって尊敬されたり、みんながついて来るという時代ではなくて、全員参加型の時代のルールづくりを我々自身も学ばなければならないということです。それはただ単に、国別の総量排出目標をリードすることによってルールがおのずと決っていく等ということではなくて、新しいルールづくり、つまり、世界の問題を解決していく新しい方法論、これは政策と言ってよいと思いますが、そのようなものが問われているということです。

私は今後一段と国境を越えたマネーゲームとなると思います。それに伴い環境問題についても、為替の取引き等の際に広く薄く課税をしていき、国際機関がその税金によって集めたお金を途上国に技術を移転する時の財源にするという国際連帯税の話をこの番組でも盛んに話題にしてきましたが、多くの人たちはあの話を「なんのこっちゃ?」という気分で聞かれていたと思いますが、段々と世界がそこに向き合い始めているのです。つまり、そのようにしなければ誰もが納得するルールはできないからです。全員参加の時代において、「俺よりもお前のほうがより責任をとるべきだ」というような話をしていたのではいけません。やはり、みんなが納得する、「それは仕方がないな。自分もそのような形で一部受け持っていこう」という気持ちにさせるようなルールにはならないのです。

昨年の12月にCOP15によって目撃してきたことは、ほとんどの人たちは立ちくらみ状態で「あれは一体何だったのだろう?」と唖然として、誰も何も言わなくなってしまった状況です。それをもう一度考え直して「ああ、世界はそのような時代に入っていて、その象徴的な出来事が12月に起こったのだ」と考えるべきだと思います。

木村: 「その中で、日本は……」ということになると思いますが、そこのところは後半に伺います。


2010年の日本・・・


木村: 前半のお話で寺島さんから昨年の12月の「COP15の衝撃」ということで、全員参加型の時代の新しいルール、新しい方法論、つまり、そのような世界の捉え方に根差す新たな世界をどのようにしていくべきなのかという方法論が必要であるというお話を伺いました。その中で、「日本はどうなのか?」と。先程のお話でも経済の回復についても「日本を除く」という話があって、少し切ないところでもありました。

寺島: 私は昨年を振り返って、お話をさせていただいていますが、日本も政権交代が起こって、新政権によって年を越しました。それによってそろそろ見えてきたことと、見えてこないことがありますので整理をしてお話をしたいと思います。

 年末に新政権による来年度の予算案が出てきましたが、その中で少なくとも見えてきた方向だと言えることは、公共投資を前年比18%更に減らすということです。例えば、子供手当に象徴されるようなものに予算をつけたために、福祉や教育等に関する予算を10%近く増やすということになってきました。このことは鳩山政権が掲げている「コンクリートから人へ」ということの象徴的な予算の配分だということが仮りに見えてきました。

 これを世界史的に考えてみると、冷戦が終わってから日本も世にいう「グローバリスム」なるものの波の中に呑みこまれて、アメリカを震源地とするいわゆる新自由主義によって市場における競争を重視する経済に向かって日本を変えていかなければならないということで、小泉構造改革だのなんだのと言っていました。しかし、新自由主義の挫折という流れの中から日本はいま悩み込みながらも極端な福祉国家を目指せるほど高福祉、高負担を目指しているわけではありませんが、子供手当のようなものをみていると、ほんの1歩ですが北欧型の福祉社会のようなものを日本にも導入していこうとしているということが薄ぼんやりとした形ですが、見えつつ年を越したと思います。

 しかし、敢えて申し上げると、「分配の公正とは何か?」という問題があって、私が気になることは、例えば、普通に働いているサラリーマンの家計、つまり、勤労者家計可処分所得という言い方があって、年金や税金等を払った後に実際に使えるお金は2000年には月あたり473,000円だったものが、昨年の選挙の直前の統計をみると、1月から7月迄の平均は412,000円で、61,000円も落ちました。つまり、ごく普通のサラリーマン平均的な年収が73万円くらい減っているということになり、物凄く世知辛くなっているわけです。

一方、会社もここのところへきて、リストラに次ぐリストラ、効率化に次ぐ効率化によって競争主義、市場主義の徹底を進めてきているためにほとんど余裕のない状態になっており、苛立っているサラリーマン、ごく普通の平均的な市民がその苛立ちを前政権批判のようなものにぶつけて、政権転換が起こりました。そして、政治、公に対してそのようなことを解決してくれるように大いに期待をしているために、子供手当的なものに物凄く拍手がおこります。しかし、国民として本当に考えておかなければならないことは、自己責任というものをどこまで社会が追及することがよいのか、それとも、政治や政府等が解決してくれることを期待することがよいのかという時に、この問題は大変に悩ましいのですが、例えば、過剰に政治に期待をしていくということになると、その期待が「票」なので、投票を惹きつけなければならないためにポピュリズムと言いますか、受け狙いが出てきます。そのツケは巨額の財政赤字になったり、その財政赤字を補てんするために、やがては大変な額の税金を負担するということになっていく可能性があります。要するに、ここで我々がしっかりと見据えておかなければならないことは、「日本は将来どのような国にしていけばよいのか」ということに関しては、まだまだ何も見えていないということです。そして、気をつけなければならないことは、政治家のレベルを超えた社会が実現できなくなることです。はたして、このようなことでよいのかというと、政治主導が必ずしも国民主導になっていくのかどうか。私は過剰な期待をしているとその期待の反動によって起こってくることのほうが恐いと思います。

木村: 困難な時こそ光明を見たいという気持ちがありますが、その光明の中にこれだけの課題があるということを私たちがしっかりと認識しておかなければ、この光明は力にならないということも真実であると感じました。