社会動態インタビュー

社会動態インタビュー Vol.2

ミサイル、核実験後の北朝鮮と世界、日本

  立教大学教授 李 鍾元氏に聞く    (インタビュー 2009年6月3日)

はじめに
 〜李 鍾元さんへのインタビュー掲載にあたって〜

立教大学教授、法学部長の李 鍾元さんのインタビュー「ミサイル、核実験後の北朝鮮と世界、日本」を掲載します。
このインタビューは、北朝鮮の二回目の核実験を受けて、6月3日におこなったものです。
2時間をこえるお話は、深い分析と示唆に富むものであると同時に、いま私たちが北朝鮮とどう向き合うべきなのかについて深く触発されるものでした。
同時に、36000字になんなんとするボリュームで、まさに質量ともに価値あるお話をうかがえたと思ったものです。

その後、Web掲載に向けて数次にわたるメールでの「打ち合わせ」を重ねました。
李先生からは、あまりにも長すぎること、それゆえにというべきか、一部に、論の展開の稠密さに「散漫」の懸念をぬぐえないとして、そのままの掲載については慎重を期したい旨の意向が示されました。

日ごろから、鋭い分析ときわめてシャープな論の展開で、説得力高く言説を重ねていらっしゃる李先生としては、「冗慢」であったり、いささかでも論の展開に緻密さを欠くところがあるとするなら見過ごせないと、ご自身を厳しく律して言論と向き合っておられる姿を、あらためて知ることになりました。

しかし、私は、一見「冗長」にみえるところも含めて、李先生の語り口もまた重要なメッセージであり、先生の、研究者、専門家としての真摯、誠実な姿勢をもあわせて伝える、価値あるものだと考えました。
その意味で、そうした「余剰」の部分も大切にして掲載したいと、切望しました。

その後、国連の「制裁決議」をはじめ、北朝鮮の核をめぐる情勢に展開があり、李先生からはそうした「推移」を踏まえて、新たに筆を起こして提示することではどうかといった、こころのこもったご提案もいただきました。
そうして、さまざまに検討、思案をかさねているうちに、クリントン元大統領の訪朝という局面に至りました。

インタビューをお読みいただけばわかるのですが、李先生は、局面打開のためにクリントン氏が「登場」する可能性についても言及されていました。
この局面に至って、私としては、Webの運営、編集者としての責任において、インタビューの全内容の掲載をさせていただくことで、李先生のご理解を得るべくお願い申し上げました。

従って、以下の内容については編集者の「文責」において掲載するものであることをご理解ください。

それにしても、時間の経過、事態の推移によってなんら変更の必要を感じない、きわめて的確な分析と展望が語られていることに敬服するばかりです。
また、そうした分析と現状認識にもとづいて、いま私たちがどうすすむべきかの貴重な指針が提起されていることに、このインタビューの意義を再確認した次第です。

あらためて、ご多忙の中インタビューに応じてくださった李 鍾元先生に深い感謝の意を表します。


李 鍾元さんの略歴・プロフィル
1953年生まれ。
韓国 国立ソウル大学 工学部 中退。 1982年日本へ。
国際基督教大学卒業 、東京大学大学院 法学政治学研究科 政治学専攻修士課程終了。博士(法学) 。
東京大学法学部 助手 、東北大学法学部 助教授を経て、1996年から立教大学 法学部 政治学科 助教授
1997年教授。現在法学部長。
1997年『東アジア冷戦と韓米日関係』で第13回大平正芳記念賞。
1998年から2000年米国プリンストン大学客員研究員。
主な研究分野は東アジアの国際関係、アメリカ外交など。
所属学会、日本国際政治学会、日本政治学会、現代韓国朝鮮学会 、アメリカ学会 。




木村知義:今回の「ロケット発射」から核実験へという動きについて、メディアでは「あいつぐ北朝鮮の挑発行為」という論調が支配的ですが、事態をもう少し冷静に見る必要があるのではないかと感じます。
いま本当に何が起きているのかということについて深めて議論されない。「何が起きているのか」というのは言葉を変えると、いま北朝鮮は何を考えているのかということになると思います。
2006年10月に核実験を行い、その後、曲折はありましたが、6者協議が大きく動いて北朝鮮が核の放棄に向けたプロセスを提示して放棄に向けた「初期段階」にすすみ、アメリカは「テロ支援国家の指定解除」ということになりました。それがここにきて「ロケット発射」から核実験へということになったわけですが、これは本質的にこれまでとはステージが変わったのか、あるいはそうではないのか、どうとらえるべきなのか、李さんはどうお考えなのでしょうか。



李 鍾元さん(以下敬称略):そうですね、基本的にはまだ推測を重ねるしかないのですが、六者協議の最後のプロセスと重なってアメリカの政権交代、それに金正日総書記の健康問題が急浮上というタイミングが重なって、去年のある段階から北朝鮮で相当危機意識と不安感が広がっているという印象があるのですね。

振り返って考えるとますますそういう印象が強くなってくるのですが、ひとつは健康不安というものをきっかけにして北朝鮮内部の将来に対する不安感、特に総書記の健康問題が表面化してからそのような不安が広がって、今後国内体制がどうなるのかという危機意識ですね。やはりこれを引き締めなければならない。
その関連で、これまでは後継体制についてはあまり議論しなかったけれども、後継体制の議論を本格化しながら、より早めに、目に見える形で次の準備をするということが慌ただしく起きたということですね。

もうひとつは、日本では北朝鮮は依然として閉鎖体制だとされていますが、たとえば南北関係、韓国との関係で言うとこの十年いろんな交流が進みました。韓国の関与政策と太陽政策で北朝鮮も経済的な利益があったので、工業団地をつくったり、開放したり、観光客を入れたり、それで一定のドル収入があったけれども、北の中の強硬派や軍から考えると体制が相当ゆるんだと、これはここ数年ちらほらとそういう話があって引き締めの動きがあったりしたのですね。

党と国家が弱まったので自発的に市場メカニズムが広がった。自由市場が増えたり、中国からの物が入ったり、人民も、もう国家が面倒を見てくれないので自分で農産物をつくって取引しているようなので、言ってみれば市場体制がかなり緩んだ。

また韓国との交流が盛んになるにつれて、最近の報道では、北の中で韓国に対する依存心とか韓国に期待する気持ちといったものが蔓延しているといいます。人民だけではなく幹部の中にもということです。あるいは北でも「韓流ブーム」が言われ、韓国のドラマとか韓国の情報が、公式には禁止されていても庶民の中に広がったりしたということがあります。

これらはひとつの例だと言うべきですが、中長期的に見れば北の体制が相当ゆるんだ。つまり、外との関係、韓国との関係を進めた結果、経済的な収入は少しあったけれども、体制がだいぶおかしくなったのではないかと、さらに、それに健康不安が重なったので危機状況だと、早急に対応しなければならないとう議論が浮上したような気がします。

それともうひとつは、これらと関連しますが、期待したほど対米関係の改善がすすまない。対米関係の改善というのは北のこの15年間、冷戦終結後の一貫した目標ですが、北の体制の生存のためにも対米関係の改善というのは一番重要な要素であると考えていると思うのですが、それが「枠組み合意」を結んでもなかなかすすまない。そこでもう一回ブッシュ政権のときのやりとりをとおして、核協議、核実験を行ってやっと2007年から6者協議がはじめて本格化して、初期段階とか次の段階とか、6者協議の枠組みの中でアメリカとの関係改善に向けたいくつかのプロセス、ステップがスタートした。

けれども、もちろん北朝鮮が条件をより厳しくしたということもあったけれども、アメリカとの関係がなかなかすすまなかった。

一方、アメリカのほうでも依然として強硬派が存在していて、検証のハードルを高めたりしていく。核の無能力化で、北朝鮮なりに譲歩したと思っても次のステップに行くのが非常にむずかしいとなる。すると、このように核カードを使ってアメリカと交渉していても、時間はどんどん過ぎていくが実体的な進展が見えないという、ある種の焦りと閉塞感が生じていたということですね。そうしたことが重なって、つまりそのような危機意識の下で、去年から、ある種の強硬論が浮上してきた。

その強硬論というのは体制を強化していくという方向に傾き始めたというものですが、今年になっていろいろと表面化しました。軍が表面に出てきたとか国防委員会を強化したとか、体制の強化の動きがあるのですが、おそらくその意味では体制がゆるんだり、指導力が弱まったりしたのでもう一回強さを誇示しなければならないということでしょう。

一方で、北朝鮮はオバマ政権に期待はしたのだろうと思いますが、オバマ政権は期待したほど中身をもって米朝交渉には応じてこない。これまで期待したほどアメリカとの関係がすすまないことで北朝鮮は相当焦りを感じていたと思いますが、さらに焦りを強めていく。

そうなると北朝鮮にとっては、選択肢は二つ。
基本的には、アメリカが真剣に応じてこないのはおそらく北朝鮮の核能力、ミサイル能力に対しての低い評価があるのではないか、核、ミサイル実験を一回もしくは二回したけれども、完全な成功ではなく不完全であるということがあるかもしれない、北の持っている能力、実力を低く評価しているのでアメリカは真剣に交渉に応じないのではないかと。
そうすると国内の士気を鼓舞したり強さを誇示したりする効果も兼ねて核、ミサイル能力をより高めて、つまりそのインパクトも利用するけれども、現実的な技術水準も高めて、それが自らの抑止力にもなる。自らの抑止力を高めてその土台を築くとともに、核能力を高めて誇示することでアメリカが交渉に応じてくれば、強い立場で交渉に臨むことができる。

もしそれでもアメリカが本格的な交渉に応じてこなければ抑止力としてより完成度を高めていく。
そういう意味では核カードと核保有、抑止力の両面を持った動きだと思いますが、以前に比べて、申し上げたような危機意識と焦りというものが一体になっているので、動きが非常に慌ただしく、かつ、非常に強硬な動きのように見えるということだと思います。

以前、北朝鮮にもう少し余裕があるときには、ゆったりしたゲームを展開したのですね。
カードを細かく切って、少し見せてアメリカの反応を見て次に行ったり、アメリカが応じてこなければ自分の能力をもう一回高めたりと、これを、非常に長いスパンでの議論をして、ゆっくりしたゲームをしたのだけれども、今は大きく違うのはアメリカの反応をいちいち待たずに自分が必要と思っている能力の実験をどんどんすすめている。そういう意味では非常に急いでいるというか焦っているというか、動きが急で、動きが急なので非常に強硬に見えるということだと思いますね。

ですからこの間の動きは、危機意識と焦りの意識に基づいて、内部では体制を固め、核能力を高めながら、高めた核能力でアメリカとより高いレベルでの交渉を求めるというもので、もしアメリカが交渉に応じてこなければ、自分の安全のためにより抑止力を高めていく、そういうことだと思いますね。

で、焦り始めたということについては、直接的には去年の健康不安からよりあわただしくなりましたけれども、その前から、去年の初めぐらいからと言えると思います。

「2012年を強盛大国の大門を開く・・・」と、これは強盛大国を完成すると言っているわけではなく入口だというわけですが、とにかく大きなステージに入ると、それを2012年だと明確に言いはじめたのは去年の「新年共同社説」からだと思います。
「強盛大国」という言葉は以前から使っていましたが、2012年という年を区切って期限を自ら設定した。
2012年というのは故金日成国家主席の生誕百周年というシンボリックな年であるとともに金正日総書記が70歳になる年でもあるということで、ある意味で節目の年です。「強盛大国」というスローガンは国内を奮い立たせるためのものでもあるのですが、2012年は否応なしに金正日体制から次の体制につながるような大きな節目であるということで目標を設定したと、その時までに内外に向けて体制の基盤強化を示さなければならないということだと思います。

その強化の内容はいろいろあって、スローガン的には「先軍政治」だと言っていますが、現実的に考えると、まず経済の立て直しだとか、ゆるんだ体制を政治的に強化するといったことも当然必要になって来るでしょう。となると、国内の経済を立て直すためにも体制の安全を確保するためにも、対米関係の改善が必要になる。そう考えると対外関係でも、2012年までには少なくともアメリカとの関係に一定の決着をつけないといけないということになる。

また、たまたま偶然かもしれませんし、あるいは北朝鮮が意識しているかもしれませんが、2012年というのはオバマ政権の一期目の終わりですね。だから、言ってみれば、オバマ政権、民主党政権期の2012年までに対米関係においても一定の枠組みを、土台をつくることが必要だ、それが国内の安定、経済の立て直しのためにも必要になるということでしょう。

そうすると、そこから逆算すると、米朝交渉はかなり時間がかかるので、早めに仕掛けて、早めに交渉を始めて、2012年までにめどをつけなくてはならないという、おそらくそういう発想だと思います。

そう意味でも急がなくてはならない。さらに、繰り返しですが、去年の健康不安から、いつ、何が起きるかわからないというので、緊迫感を持って国内体制の強化と対米関係の改善というふたつを同時にすすめようということになった。
同時にすすめるための重要な部分が核、ミサイルだということ、これは両方に使える手段だということになったのだと思います。基本的な構図はこういうことだと思います。

ですから今はアメリカとの交渉のためにも細かいやり取りはせずに、自らの力を高めていく、これに専念するという意識だと思います。

これがどこまで行くのかはまだ見えないところがあって、もう一度核実験にまで踏み込むのか。少なくとも弾道ミサイル、これはこの前不十分な実験で終わったので、私は高い確率で、ロケットの第三段階の技術を完成させる弾道ミサイルの実験はあると思うのですが・・・。

ただし、メディアなどで言われているように、北朝鮮は核保有にかじを切ったと強調しすぎるとこれはもう交渉の余地がない、何を言っても北朝鮮は聞かないのだ、打つ手がないということになってしまう。わたしはまだそういうことではないと思うのですね。

もう交渉の余地がない、打つ手はない!ということを言うのは、今現在、アメリカ、日本や韓国が何もできないでいることを正当化することになる。つまり状況が改善できないのはアメリカや日本、韓国のせいではない、北朝鮮のせいだというメッセージになる。

本来は、仮に北朝鮮がそうであったとしても、それを止めるための努力をすべきだと思いますし、もうひとつ、さらに深刻だと思うのは、北朝鮮は核保有に突き進むのだ、何もできることはない、交渉はできないと言うことになると、残るのは軍事手段か、止めるとなるとそれこそ戦争覚悟で国際的圧力を加えて臨検だとか最終的手段に訴えなければならない、軍事衝突覚悟で本格的に追い詰め、圧力をかけなければならないのではないかという議論に、これは当然、論理的にそういう議論になってしまう、ということです。
それが紛争、戦争を意味してもそれしか手段はないではないかとなる。

もうひとつは、戦争、紛争は厄介なので、とりあえず核が広がらないように包囲網をつくって備えようということになる。

この「備え」論はミサイル防衛ということになるわけで、軍備の増強ということです。これを唱える人もいる。北とは交渉しても意味がないので備えましょうと。
何もしていないことを正当化すというのは付随的なことだと思いますが、つまりこういうことになるのだと思いますね。

ですから私は、北朝鮮は核保有に大きくかじを切ったのかということについては、少なくとも短期的にはその要素が高くなったのは事実だとは思いますが、不可逆的に北が核保有にかじを切ったという見方にはまだちょっと同意できないところがあります。

北が核保有に突き進むという議論が内包している意味が懸念されるのです。

北は核保有に踏み切った、不可逆的なものだと強調すると出てくるのは結局、軍備拡張、つまり核武装論とかミサイル防衛論、敵基地攻撃論といった一連のある種の軍拡路線を正当化する論理になる。あるいは論理にまでならなくともそういう観点を持っている人々からは、そういう議論になる。

さらにもうひとつは、より強硬な人たちは北朝鮮を圧迫してレジームチェンジを求めるべきだとなる。
まあ一時期よりはレジームチェンジ論は弱くはなりましたが、まだどこかには金融制裁であるとかいろいろな手段で追い詰めるべきだという議論はあるので、そういう人たちからすると、不可逆的に核保有にかじを切ったということが強調されることになるとレジームチェンジ論が、また、出かねない。そういう意味では私は懸念するのです。

そして、実態はわかりませんが、一方の北朝鮮の中にもそういう人はいるのですね。やはり軍の強化は核抑止力に頼るのがいちばんいいのだという議論はあるのです。そうした議論があることはあるのですが、私は、北朝鮮はすべての関係を完全に遮断して、制裁を覚悟して核抑止論、核保有に向かって突き進むという力はない、そういう状況、条件がない、それが北のジレンマであり弱さであると考えます。それがこれまでの北の核開発のプロセスを見ると如実に表れていると、私は思うのです。

いまは、短期的には、多分、戦術的にこの段階は関係を遮断して核保有論に突き進むかのような姿を見せている、いまはそうだけれども、これは限られたものであり、やや演出されたところがある、と私は思います。これは交渉カードとしても有効なもので、もうなにがなんでも突き進むぞという、これは「チキンゲーム」でよく使われる手なのですね。

国際政治でチキンゲームという「衝突ゲーム」に行くときには、車を走らせてどちらが先にハンドルを切るのか、怖くなったほうが先にハンドルを切る、それが「チキン」で負けになるというわけですね。1970年代でしたか、アメリカではやったゲームで、若者がゲームで勝つときによく使った手がいくつかあって、それは車を走らせるときに相手に見えるようにウイスキーの瓶をどんどん投げる、つまり「俺は酔っ払ってるぞ、正常じゃないぞ!」と、スタートする前に相手に見せる。そしてエンジンをかける、すると相手は「ビビる」というわけですね。

もうひとつ、これは本当かどうか知りませんが本で読んだのは、車を走らせながらいきなりハンドルを抜いて投げる、もうコースは変えられないぞと、あとはアクセルだけだと見せるわけです。いま北朝鮮がやっているのはハンドルを投げているようなものなのですね。本当にハンドルを抜いて投げているのか、そのふりをしているのか、私はまだわかりません。多分戦術的なものだろうと思うのです。

なぜ突き進む力がないかと言うと、北朝鮮は核兵器だけで国内が安定し立て直せるかというと、その逆であって、これが北の悩みであり弱みだと言うべきです。
ですからある時点ではどこかで止まって、手段として別の大きいゲームを、ディールを求めるカードを多分切って来るでしょう。

これが以前はすぐサインが出ましたが、つまり2006年の核実験の後には一カ月以内にサインがあって、それで米朝の水面下の交渉が始まって、年末に北京かどこかで協議をして、年明けの一月にベルリンでの合意につながったというように、速いスピードでしたが、今回はもう少し時間がかかるかもしれませんね。

北はもう少し時間をかける。しかも後継体制の動きがからんでくるとなると国内のカレンダーがかかわってきてもう少し引っ張るかもしれません。

引っ張る間に、材料としては各種類のミサイル、ICBM大陸間弾道ミサイルだけではなく、中距離ミサイルの実験をまだしていないので多分やるだろう。また韓国に対する軍事的な圧迫を強めるなど、相当ゆさぶったりするかもしれないと思います。

それらは懸念ではあるのですが、多分それもまた限られた範囲内だと考えられます。
これも、基本的には、北朝鮮には力はないということを端的に示していると思いますね。北が本格的に核保有をめざして、念願としてやりたいと思っているならば最短距離でやれるはずだったのですが、最短距離でやっていないのですね。

これはそうではないと言う人もいるかもしれませんが、北朝鮮の核開発のプロセスが表面化した1989年、90年のころから考えても、行きつ、戻りつ、途中で「凍結」があったり「無能力化」があったり、進むようで止まったりした。

その、止まったというのはカードとして使ったので止まったわけですね。
もちろん疑いを持っている人たちからすると、その裏でウラン濃縮による核開発をやったとかいうわけですが、大きい部分では止めたわけで、北朝鮮の中にもそこにはずっと不満があるわけです。軍の強硬派の中には、アメリカとの交渉でいろいろ邪魔をされて、カードにされたので核開発が大きく遅れた、ミサイルも思い切り撃てなかったという不満があると聞いていますが、その通りで、北朝鮮の核開発を見ていると、これまで核を開発した五カ国とインド、パキスタン、それにイスラエルは核実験はしていませんが、核保有国五カ国とインド、パキスタンの七カ国の例を見ると、前もって宣言をしたり他の国と交渉したりしたという国はひとつもありません。

核保有の強い意思と能力のある国はみんなずっと黙って開発をして、ある時期に突然複数回実験を行って、パキスタンは1998年に6回行っています、特にプルトニュウム型は理論は簡単ですが設計と実際に作るのは非常に難しいものなので複数回実験しないと実戦配備が難しいので、普通はそういうコースなのです。複数回実験をして、宣言しなくても実態的に核保有国になるというわけです。

しかし北朝鮮は以前から「宣言」したり、アメリカに見せつけるかのように誇示したりして、プルトニュウムを取り出しますとか原子炉を止めますそれでもいいですかといったふうにして、それは困ると言うとまた交渉したり、また止めたりして経済支援を取り付けたり、制裁を緩和させたり、カードとして使って、カードとして使うことがうまくいかないと、また戻って次のステップに行くというようなことになる。

このように、非常に複雑な経路をたどったのは、北朝鮮としては純軍事的に考えると最短で核保有に走りたかったけれども、特にソ連の「核の傘」がなくなった1990年代はじめ以来冷戦終結後は、軍事的に考えると核抑止力は本当に欲しいと思うのですね、純軍事の論理からすると最短距離で核保有と実戦配備まで行きたいのだけれども、その軍事の論理だけで走れなかったのが北朝鮮の悩みで、核、ミサイル軍事力を政治、外交、経済の手段として使わざるを得なかった。これが北朝鮮の体制の弱さであり悩みだった、多分軍の不満だと思うのです。

ですから、外務省、外交関係、経済の分野の人々にとってはこの能力をどこかで売ろうとか、交渉で関係を改善したり経済支援を取り付けたり、そちらがいま北朝鮮にとっては必要だという議論なので、核をカードに使ったり保有を戻したりというように複雑な千鳥足のような経過をたどらざるをえなかったというのは、北朝鮮の置かれた客観的な状況によるというべきです。

そういう意味では北朝鮮が核保有をめざしているというのは、主観的な意図とかあるいは願望とか、念願としてはあるのでしょうが、この15年のプロセスを見ると、その意図通り、カレンダー通り、予定通りには進んでいないということです。それが北朝鮮にとっては弱さであり、周りもその意味では圧力を加えたり、止めたり遅らせたりということをしてきたので、核問題がここまで長引いたということ、北朝鮮の核開発のプロセスをある意味では遅らせてきたということになります。

その遅らせ方が、あるいはなくし方が不十分だったので2回目の核実験まで踏み切ったということですけれども、私が強調しておきたいのは、北朝鮮には核開発の主観的な意図は確かにあるのでしょうが、能力が限られているので、環境のプレッシャーというか、これには圧力とインセンティブがあるのですが、つまり周りからの働きかけ如何によって、北朝鮮の核開発プロセスのスピードとか、核能力の程度とかの制御、あるいは最終的には非核化ということも十分可能な理由がそこにあると、私は考えるということです。

これが他の核開発をしてきた国との顕著な違いだと思うわけです。
ですから北朝鮮の核開発は周りの対応で一定程度コントロールして、最終的には取り除ける可能性が依然あると思います。

あえて敷衍すると、北朝鮮の核能力をいますぐ完全にゼロにするというのは、これは非常にむずかしい。核能力というものにはさまざまな段階と側面があるので、北朝鮮の非核化、核放棄という場合にもおそらく段階がある。より大きな目に見える核の能力もあれば、裏で秘かにウランの濃縮をしているのではないかという疑い、これもある種の核能力ですが、これがすぐ兵器になって飛んでくるわけではないので、核の運搬手段のレベルとか、あるいは誤解を恐れずに言えば、核兵器をひとつふたつ持っているのと、二桁持っているのでは意味が違うのです。ブッシュ政権の登場以前は一個、二個ではないかと言われて、いまは二桁ではないかといわれている、これは質的な違いがあります。

核兵器の数とか、プルトニウムの量とか、核施設は現に稼働しているのかどうかとか、運搬手段とか、さまざまな段階があるので、おそらく現実には、北朝鮮の核能力を取り除く非核化と言った場合は、多分一定のプロセス、段階を経ざるをえないし、その段階は一定の時間がかかる。

その期間中は北朝鮮の核能力のある部分は現実的にはまだ残っているという状態になるので、批判的な見方に立てば、核能力を認めているんじゃないか不完全だという見方、批判が可能だけれども、おそらく核放棄を求めていく過程は段階的なアプローチをとることになりますから常にその時点では完璧なものではないという問題があって、それが政治的に難しいところになると思います。

ですから、いま北朝鮮が核保有にかじを切ったのではないかという見方については、私は、いま申し上げたように、いくつかの時間的要素で焦っていて、短期的には強硬姿勢に傾いて核抑止力の完成度を高めようとしているけれども、依然としてこれは限られたもので、次の交渉の手段という意味もあるということ、北朝鮮も、それを踏まえた動きだと思いますね。



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