寺島実郎氏が語る2009年の世界

寺島実郎氏が語る2009年の世界Vol.1




はじめに

 私は、昨年4月から、全国のFM局のネットワークで放送されているJFN(JAPAN FM NETWORK) 
制作の番組、オンザウエイ・ジャーナル「月刊寺島実郎の世界」で聞き手をつとめています。         
 この番組は、いま日本が誇る知識人であり言論人でもある、財団法人日本総合研究所会長で三井物産 
戦略研究所会長の寺島実郎氏が、世界と時代についてビビッドかつ縦横に語るトーク番組です。      
 私はNHKで仕事をしていた時ラジオについて、「語るメディアとしてのラジオ」と言い続けてきたのですが、
この番組はまさにそうした深いメッセージをじっくりと語りかける番組として、全国のリスナーのみなさんから
信頼と支持を得ています。

 米国発の「金融危機」に端を発して、経済のみならず世界が揺れるなかで迎えた2009年をどう展望する
のか、年初の番組から、寺島さんとJFNのご理解を得て、その内容をここに掲載することにしました。

 私のWebサイトへの掲載に格別のご理解をいただいた寺島実郎さんならびにJFNに深く感謝申し上げま
す。

 寺島氏は4月から多摩大学学長に就任されました。

 なお、番組の放送日時は首都圏とそれ以外の全国各道府県で異なります。

 以下に「月刊寺島実郎の世界」のWebサイトへのリンクを記します。

 これまでの放送内容などもアーカイブされていますのでご参照ください。



「2008年で学んだ事、2009年への展望」 Vol.1

JFNオンザウエイ・ジャーナル『月刊寺島実郎の世界』2009年1月17日放送から


木村:  昨年は「世界の動き、時代がどこへ向かっているのか?」という寺島さんのお話を伺いました。色々と気持ちも沈む世界状況の中で、日本はとても広い海の面積を持っている海洋国家であり、そこに眠る海洋資源というものを開発する事によって日本の新たな産業の方向性が見えるというお話で元気を出して新年を迎えました。

 今朝のテーマは「2008年で学んだ事、2009年への展望」となっています。つまり、世界と日本は大きく変わるけれども、この「変わる」という事をどう捉えるかが重要だと思います。

<冷戦後の世界構造の終焉>

寺島:  私は新年を迎えて考えてみましたが、結局、去年は世界がマネーゲーム経済の結末を迎えたのだと言えると思います。

 2002年頃に世界の金融資産の総額は123兆ドルと言われていましたが、それがどんどん膨らんで行き、金融資産が過剰流動性で風船がどんどん膨らむように2007年の段階では194兆ドルまで膨らんでいました。したがって、70兆ドルも世界中の金融資産が膨らんだ事になります。それが、サブプライム問題をきっかけにして、「リーマン・ショック」等があり、弾けてそれが148兆ドルにまで縮んだと言う数字が出て来ています。要するに、世界の金融資産が70兆ドル一気に増えていたものが50兆ドル近くまでボーンと弾けて縮んだという事になります。つまり、マネーゲームが破綻して、パンパンに膨れ上がった金融資産が炸裂して、その風船が縮んでいる状態にいまはあるのですが、その傷口に絆創膏を貼るように塞いで、世界が金融恐慌に陥らないように必死になってまた新たに風船に空気を入れているような状態にあるというのが現下の状況だと思います。

 特に、昨年末の12月にアメリカはついにゼロ金利というところまで金融を緩和して、金融の流動性不安を起こしてはならないという事で量的にも緩和して新たな金融を突っ込んで行っています。そして、世界各国は財政出動です。

 そこで、深く考えてしまうのは、今年金融資産が縮んだ状態に象徴されるように、過剰流動性がエネルギーや食糧等の価格を昨年半ばまで引き上げていたのがズドーンと落ちてしまいました。また新たな過剰流動性がどこに向かうかによって、私が注目したい事は「反動高」です。要するに、再び膨らんできた過剰流動性が向かう場所によってはエネルギー価格がドーンと跳ね上がって行くとか、再び食糧の価格が上がって行くような「乱高下」=「シーソーの様な状況」になるのではないかという注目点が一つあります。

 ここでポイントとして押さえておきたい事は、「変わったと言われるけれどもまた元の木阿弥」で、つまり、またぞろ新たな資源高、エネルギー高という方向に向かうような流れに再び流動性が膨らんで行くかもしれない転換点にあるのだという認識が非常に大事だと思います。

 もう一つは、本質的に変わって来ていると思う事を触れていきたいと思います。やはり、昨年一年経ってみて、アメリカという国の存在感が急速に萎えたと言いますか、存在感を低下させた一年間だったと思います。この番組で何回も触れて来たように、我々は冷戦後の時代、1989年にベルリンの壁が崩れ、91年にソ連が崩壊して以降の時代を生きて来ています。89年に生まれた人たちが今年、成人を迎えるという20年を過ごしてきたわけです。その冷戦後の時代を一言で言うと、「東側に対して西側が勝って、つまり社会主義圏に対して資本主義圏が勝って、アメリカが資本主義国家のチャンピオンとして世界の中核となって世界秩序をリードして行く時代であろう」という認識です。アメリカを中心とした世界秩序が21世紀の世界秩序だと思い込んで、ひたすらこの20年を生きて来て、要するに「アメリカのような国づくりをして行く事」。例えば、競争主義、市場主義に徹した国、規制緩和というような方向を目指そうという事が多くの人たちのそこはかとないヴィジョンと言いますか、方向感覚だったと思います。

 しかし、そのアメリカ自身が大きく行き詰って、自ら蒔いた種とも言えますが、サブプライムのような問題を引き起こして世界の金融不安の震源地になってしまったのです。そして、「アメリカを中心とした世界秩序が急速な勢いで崩れて来ている」という事が昨年の私の総括で、特に、2008年の集約した数字として、これは少しややこしい話に聞こえるかもしれませんが、アメリカの経常収支の赤字が6979億ドルで、資本収支の黒字が6832億ドルでした。これはどういう意味かと言うと、経常収支の赤字を続けてもアメリカは成り立っていたのです。つまり、国際収支の巨大な赤字をつくり出しながらもアメリカが成り立っていた理由は、資本収支の黒字は世界からアメリカにお金がまわる度合いのほうが大きいからです。この番組でも言った事がありますが、下血が続いているけれども、輸血量のほうがもっと多いから血液がうまく回っている状態だったのです。したがって、アメリカが本来持っている経済の実力以上の消費や軍事力を維持していられる理由も分かり易く言えば、アメリカに世界のお金が流れ込むというメカニズムに支えられていたという事です。しかし、数字で検証しても、「ついに流れ込むお金のほうが少なくなってしまった」という事が先程の数字の意味なのです。

木村:  先程の数字をもう一度繰り返すと、経常収支の赤字が6979億ドル。

寺島:  赤字の垂れ流しですね。

木村:  そして、資本収支の黒字が6832億ドル。

寺島:  ついに入って来る血液のほうが47億ドル少なくなり、要するに血液が足りなくなる、身体を回すだけのエネルギーが生まれなくてアメリカという国を支えていた世界のお金がアメリカに向かわなくなったというわけです。何故ならば、ゼロ金利状態ではアメリカにお金を持って行っても金利の差を得られなくてお金を運用する旨みがないのです。更には、アメリカにお金を持って行っても、投資をした対象がサブプライム入りの金融商品だったという事に凍りついてしまって世界の信用がアメリカに向かわなくなってしまいました。その事が盛んに言われていましたが、数字で明らかにアメリカにお金が回らなくなっているのだという事がはっきりして来たのです。したがって、そこから「アメリカは世界の一極支配だ」、「唯一の超大国としてのアメリカ」と言われてきましたが、「アメリカが世界の唯一の超大国」という時代が終わったという意味において、世界が構造的に大きな転換期にさしかかっているという事を我々は確認せざるを得ないのです。何故、このような話にこだわるのかと言うと、例えば日本もアメリカが唯一の超大国であり、世界の中心であり、そのアメリカとの連携で日本も生きて行くのが良いという判断のもとにこの国の舵取りをして来たわけですが、その前提が大きく変わって来ているという事に対する認識が物凄く大切なわけです。

<2009年以降の座標>

寺島:  そして、その事を象徴するような数字がついに出て来ました。まだ1月から11月までの数字でしかありませんけれども、昨年の日本の貿易相手の比重で、米国との貿易比重はついに13.9%に下りました。要するに、日本の輸出と輸入を合算した貿易総額に占めるアメリカと貿易をしている割合が13.9%です。前年は16.1%でしたが、16.1%でもみんなびっくりしていました。かつてアメリカと貿易する事が日本の貿易の柱だったのですが、そういう時代を生きて来た人は、「アメリカとの貿易がわずか16.1%になってしまったのだ」と昨年はびっくりして話をしていました。それが、更に加速度的に落ちて来て、13.9%になっています。12月までの数字が出て来ても多分同じでしょう。日本の対米貿易が占める割合は14%を割ったという事になると思います。

 そうすると、「日本は今一体どの国と貿易をして飯を食べているのか?」。これは、この国の生業にかかわる事です。それが、アジアとの貿易が日本の貿易の45%で、とりわけ中国なのですが17.3%で対米貿易を超えて中国との貿易が米国との貿易よりも大きくなっています。更に、アジアとの貿易が日本の貿易の半分を占めるように迫って来ているのです。ユーラシア大陸との貿易にいたっては、7割になります。つまり、我々の世界観と言うか、日本の国際関係を議論する上で絶えず認識しておかなければならない大きなポイントは、「日本という国はどういう国との経済関係によって経済を成り立たせている国なのか?」という事です。戦後の日本はアメリカとの貿易でこの国を成り立たせて来たようなものなので、それが固定観念のようにこびり付いていて、いつの間にか我々は「アメリカを通じてしか世界を見ない」という傾向を身につけてしまいました。そして、昨年の数字が出て来て実は私自身も「ああ、ここまで落ちたのか」というように思いましたが、日本の対米貿易はわずか13.9%で、高校生でさえ刷り込まれているように「日本は通商国家で貿易によって飯を食べている国で、しかもアメリカとの貿易でこの国は飯を食べている」という認識を変えざるを得なくなっているのです。

 要するに、いま世界は変わったと言う一般論ではなく、日本にとって世界のパラダイムがどう変わっているのかと言うと、つまり、頼みの綱だったアメリカという国の世界における比重や影響力や求心力が急速に衰えて行って、しかもそれに過剰なまでに依存し、期待して来た戦後の日本が大きく変わらざるを得ないところにさしかかっているのだという事を我々がいま、2009年から更に次の時代を睨む時に基本的な認識として見据えておかなければならないポイントだと思います。

木村:  そうすると我々が考えなければならないのは、通り一遍のと言うか、いま小手先で少し変わるという事ではなくて、もしかすると将来、歴史に書かれる時に昨年から今年にかけてが、ある大きな転換点だったと記されるくらいの「変革である」という認識が必要なのですね。

寺島:  それをさかのぼって言えば、2001年9月11日の同時多発テロの出来事が主要な変化だったと思います。もっと言えば、木村さんが以前、NHKにおられて21世紀を迎える節目の時に、NHKの代々木で放送した際にお話した思い出がありますが、「1901年に夏目漱石がロンドンでヴィクトリア女王の葬式を群集の中で目撃した」という事を書いていて、その中で「これでヴィクトリア黄金時代が終わって大英帝国の栄光がいよいよ衰えて行くきっかけになる事を予感しながらヴィクトリア女王の葬式を見送った」というのがありましたが、あれから100年が経って、2001年の9月11日の出来事でニューヨークのビルが崩れて行く姿はアメリカの世紀が大きく変わって行くきっかけとして歴史的な記憶がとなるでしょう。それから8年が経って、つまり「ブッシュ政権の8年」が終わろうとしている時点に我々は立ち会っています。そのブッシュ政権の8年間で結局アメリカはイラク戦争でヘトヘトに疲れて、5000人に迫る人数のアメリカの兵士が死んだという事になりました。更に、サブプライム問題でアメリカの資本主義の弱点、つまり、余りにも行き過ぎたマネーゲームを露呈してしまいアメリカという国が、20世紀の中心に立ち、冷戦の勝利者としていよいよ21世紀は更なるアメリカの世紀になるだろうとみんなが息をのんでいたら、9・11からの8年間をまるで転がり落ちるように「アメリカの世紀」=「20世紀」が終わったのだと誰もが思わざるを得ないような年越しになってしまったという事が新年の一つの視点として大切なのではないでしょうか。

木村:  なるほど。いま、人の命が奪われたり、産業経済の中で苦しんでいる方も大勢いらっしゃる。その苦しみも含めて言うと、世界史的な、21世紀の本来的な21世紀世界に向かって行くその産みの苦しみに私たちがいま、もしかしたら立ちあっているという事も言えるかもしれません。

<全員参加型秩序へ>

木村: さて、寺島さんのお話にあった「アメリカというものが世界の中心に存在していて、すべてはそこを軸にしながら動いて行くという世界は変わっていく。そこに私たちは立ち会っているのだ」という認識で、この大切さが分かりました。そうすると、今度新しくスタートするアメリカのオバマ政権ですが、つまり、「アメリカというものが世界にとってどんなものになって行くのか?」そして、言葉を変えると「だから世界はどうなるのだ?」という事になると思うのですが。

寺島: 「いま世界は多極化している」という言い方をする人が非常に多いのですが、多極化というものは、例えば中国、ロシア、インド、ブラジル等のようないわゆる「BRICs」と言われている新興国の発言力が高まって、複数の国が世界をリードして行くような仕組みに世界は変わって行くのではないかという事です。

 しかし、これから世界が多極化して行くという捉え方だけでは充分ではありません。何故かと言うと、いま私は「無極化」という言葉を「全員参加型秩序に向かうのだ」という意味で盛んに使っています。つまり、世界を決めて行く主体や要素が必ずしも国家だけではなくて、次元の違う存在、例えば国境を越えた経済活動を行っている多国籍企業やどの国にも一切税金を納めない「タックス・ヘイブン」(註.1)と呼ばれる国を使って活動するヘッジ・ファンドのような存在等、それ自体が世界の資源価格やエネルギー価格を乱高下させる大きな要素になってしまうのです。そして、ある面ではもっと複雑な存在だけれども「多国籍ゲリラ」とか「多国籍テロリスト」という集団までもが物凄くネガティブな意味で世界を揺さぶる大きな要素になっています。更に言えば、国家ではないのだけれどもNGOと言う、ガバメントではない団体の環境問題に対する役割や、NPOのような存在で企業でも何でもなく、非営利団体として発言権を高めている存在等、次元の違う主体が様々な形で世界に関与して行く状態を私は、「全員参加型秩序」と言っています。

 ある面ではカオスと言いますか、混沌とした無秩序さえイメージしなければならないような複雑なゲームです。そのような中で世界の新しいルール、例えば環境に関するルールやマネーゲームを制御して行くルール等、非常にややこしい話に聞こえるかもしれませんが、粘り強く「新しい世界秩序とはどういうものなのか?」。超大国という国が力の論理で自分に逆らってくる奴を叩き潰してでも自分の価値観を押し付けるという時代は去って、複雑で忍耐の必要なゲームでもあるけれども様々な主体に多くの人が多くの立場で発言しながら、流れとして世界の新しいルールを全員でつくって行くという事を構想出来ないと21世紀の世界秩序は構想出来ません。途上国と呼ばれる段階の国々の人たちのみならず、国家主体ではない人たちにさえ目配りをするようにして世界秩序を構想しなければいけない時代であり、それに立ち向かって行かなければならない時代なのです。したがって、一極支配型のように単純な構想力、或いは一つの国にだけ自分の運命を託して過剰に期待したり依存したりしていればこの国は安心であり、安定して行くという時代ではなくて、大きくてダイナミックな構想力を持っていないと新しい世界秩序の中で生きてはいけないのです。

 どういう事が重要になって来るかと言うと、「この人の言っている事は正しい」とか、「理念的に尊敬出来る」とか、「新しい世界はそうあるべきだ」という構想力であって、今までは処世論で「そういう事は理想主義者が言う事だ」と言っていたものが、むしろ、逆に世界を束ねるためには物凄く重要になって来ます。このような全員参加型秩序の中では、理念や理想やヴィジョン等が凄く意味を持って来ますから、これからの日本のあり方を構想する時には、考えておくべき事だと思います。

木村:  いま寺島さんがおっしゃった、アメリカが世界でどのような位置を占めて行くのかというお話を伺いながら、オバマ政権に世界の期待も集まるけれどもその期待の分だけいかに重いものを背負ってスタートするのかという事も感じます。

註1、タックス・ヘイブン(英:tax haven) とは、税金が免除される、もしくは著しく軽減される国・地域を指す。和訳から「租税回避地」とも呼ばれる

Vol.2に続く